
なんでだろう。また好きになってしまうんだよなぁ。 こんな相談を友人にぶつけると、「近寄らないのが一番だな」と素っ気なく返された。 私は2人分の生ビールを注文し、5年ぶりのタバコに火をつけた。 (自分の手には負えない・・・今度もきっと) これは沼にハマってしまって出られない、擦れっ枯らしの哀れな男のお話です。
上京

People inside the crowded metro train. Singapore
24歳の3月。 私は、同じ繰り返しの日々に飽き始めていた。 働き出して、もうじき4回目の春を迎えようとしている。 まとまったお金が出来た私は、環境を変えるために職場に近いマンションに引っ越した。 正確には、結婚を約束した恋人に捨てられ、逃げるように地元を出たのだが。 上京して1ヶ月。 この町でもまた、昨日と同じ車両に乗り、昨日と同じ吊革を掴んで揺られていた。 場所を変えても鳩時計のような生活は変わらない。 そんな同じ繰り返しを続ける生活に、1人の女性が紛れ込んでいることに気が付いた。 彼女もまた、昨日と同じ車両に乗り、昨日と同じ吊革を掴んで揺られていた。 その女性は、ギャルっぽい派手な服装だったが、 小柄で可愛らしく、どこか仕草はオドオドとしていた。 いつも彼女は、私の隣の吊革に手を伸ばして、CDウォークマンを聞いていた。 マンネリ化した車両の中で、私は春風を感じていた。
辞められない惰性
季節はすっかり冬。 上京して半年以上が経った。 今日も私は、電車を降りて真っ先にコンビニへ向かう。 惰性で吸っているタバコと、惰性に付き合っているコーヒーを買うためだ。 コーヒーを片手に列に足を進めると、同じタイミングで並ぶ女性がいた。 彼女だった。 私たちは、列の譲り合いが最初の会話になった。 私は笑顔で列を譲り、隣の列に並んだ。 彼女は申し訳なさそうに笑顔で会釈を返してくれた。 (これがあるからタバコは辞められなんだよなぁ)
動き出した鳩時計
「主任って、どんな人がタイプなんすか?」 出張から帰ってきた私は、 会社の近くを歩きながら、部下の女性と他愛もない恋愛話を楽しんでいた。 「前から来てる小さい子。可愛くないすか?」 視線を向けたその先には、電車の女性が歩いていた。 思わず目が合い、お互いが会釈をした。 「え?え?え?知り合いすか?」 「いや・・・違うんだけど、なんて言ったらいいんだろう・・・」
サヤカ
それからの1週間は”文字通り”に早かった。 月曜日には声を掛け、火曜日にはお互いの呼び名を考え、水曜日にはデートの約束をした。 木曜日には一緒にデートの行き先を考え、金曜日は久々に埋まった土曜日を待った。 彼女の名前はサヤカ。 年齢はハタチで、今年の1月に成人式を終えたばかりだった。 音楽関係の学校を卒業し、今年の春に派遣社員として就職したばかりだった。 彼女の自宅は、私の住むマンションから車で10分ほどの距離だった。 ちなみに、私がサヤカの存在に気付くより前に、サヤカは私の存在に気付いていた。 それを聞いた私は、無性に嬉しくなった。 土曜日のデートは、サヤカがドライブを希望した。 彼女が好きなアマチュアバンドのCDを流しながら、私たちは海に向かっていた。 私と同じ喫煙者のアヤカは、綺麗な浜辺で一緒にタバコを吸いたいと言った。 あっという間に時間が過ぎ、夕方の帰り道を走っていた。 長いドライブで彼女は少し疲れたような表情をしている。 赤信号で止まった車は、すでにサヤカの自宅近くまできていた。 眠たそうだったサヤカが、とつぜん口を開いた。 「あの・・・もう少し一緒にいたいんですケド・・・」 その日、私たちは交際することとなった。
1人の通勤電車
サヤカとの通勤生活は突然終わりを迎える。 私たちは既に半同棲のような生活をしていた。 世の中は景気が悪くなり、派遣切りという言葉がテレビや紙面を賑わせていた。 派遣社員のサヤカも例外ではなかった。 サヤカは運良く雑貨店に受かり、販売員としてアルバイトを始めていた。 以前のように話す時間は減っていたが、相変わらず楽しい関係は続いていた。 家に泊まりにきた際には、1週間分の思いを明け方まで喋り続ける。 なんてことない会話に、私は満足をしていた。
ごめん
5月。 私の仕事は年間を通して1番の繁忙期を迎えていた。 ある日、帰宅するとサヤカは大きな荷物を持っていた。 どうやら4連休をもらったらしい。 私は、その日とても疲れていた。 「悪いけど明日だけ1度、帰ってくれないかな?ゆっくり寝たいんだ」 翌朝、私たちは久々に一緒に家を出た。 「連泊するつもりで来てごめんね。」 「いや、言ってなくてごめん。」 「・・・うん。ごめんね」 これが最後の会話になった。
迷惑メール
30歳。 転職して3年が経った私は、繁忙期で仕事に追われていた。 3ヶ月前、人生2度目の音信不通でミドリと別れたばかりの私にとって、 忙しいことは、むしろありがたかった。 そんなある日、滅多に鳴らない携帯電話に1通のメールが届いた。 「来週の日曜日、飲みに行こうよ!どうせ暇でしょ?w」 5年ぶりに届いたサヤカからのメールは、まるで迷惑メールのような文面だった。
3度目の音信不通
週末。 私は友人テツヤと、居酒屋のカウンターに座った。 テツヤは学生時代からの友人で、月に1度は安い居酒屋で会っていた。 店内には、最近ヒットしているバンドの曲が流れている。 生ビールを2つ注文して、私はタバコに火をつけた。 「少し、面白い話をあるんだ」 テツヤはニヤリと笑った。 「電車の子?」 「なんでわかった?」 「顔に書いてある」
4度目の
35歳。 私は、一児の父になっていた。 初めての子供に振り回される毎日は、刺激的で飽きない生活だった。 惰性で吸っていたタバコは、今はもう吸っていない。 「こんなに子煩悩だったなんてね」 妻のミキは、私の溺愛ぶりに、よく目を丸くして笑っている。 (タバコを辞めてもう5年か・・・) 私は息子をあやしながら、ゴールデンタイムの歌番組をぼんやりと眺めていた。 ピコン 買い換えたばかりのスマートフォンに通知が届いた。 「ねぇねぇ!来週、飲みに行こうよwどうせ暇なんでしょ?www」 テレビからは、君がCDウォークマンで聞いていた、あのバンドが流れていた。 終わり。
nhsyt著









コメント
コメント一覧 (2件)
pr
ny8545さん
画像の添付をして頂きまして有難う御座います。
それでは改めて記事の検収をさせて頂きます。
今回の作品は若い男女が通勤途中で出会い、仕事に振り回されながらお互いを見つめ会って居る姿が良く伝わって来ます。
ny8545さんの個性が出た作品になっています。
読者に想像力を逞しくして頂きながら作者の雰囲気と経験を作品に閉じ込めてしまったようなかんじになっています。
今後の要望としては、彼女との絡みをもう少し取り入れて頂いて読者にイメージを更に分かり易くして頂けると良いと感じました。
何処にも無いny8545さんの世界を最っと印象的に読者に感じて頂きたいと思います。
スピード感がある良い作品です。
有難う御座います。
今回の検収はこれにて完了と致します。
次回の投稿記事も楽しみにお待ち致します。
井上保夫