
私は大学生の時、とあるファストフード店でアルバイトをしていました。
私が彼と出会ったのは、アルバイトを始めてようやく仕事の要領も掴み、少し仕事に余裕ができたころのことでした。
私がいつものようにレジで注文を受けトレーに注文の品を置き、カウンターでお客様にお渡しした時です。
高齢の女性のお客様がトレーを持って後ろを振り返った時、そのトレーが別の男性のお客様にぶつかってしまったのです。

「ってーな!ちゃんと見ろよ愚図が!」
男性のお客様は声を大きく荒げてトレーを持った女性のお客様を罵(ののし)りました。
「すみません。すみません。」
女性がとても怯えた様子でその男性に謝っていたところに私は慌てて仲裁に入りました。
幸いトレーが軽くぶつかっただけで双方に怪我はなく、服が汚れることもなかったのですが、虫の居所が悪かったのか男性の怒りは止まらない様子。
「おいお前、今回の俺の注文全部タダにしろよ!口出すんだから店が全責任持つのは当たり前だよな?」
怒りの矛先がバイトの私に向き、どう対処すればいいかわからずオドオドしていた時でした。
「ちょっとおじさん、それはないんじゃないの?」
後ろで事の一部始終を見ていた若い男性三人組の一人が、男性客に言い放ちました。
すると男性客は「うるさい!誰だガキ!」とその三人組のほうにいまにも殴り掛かりそうな勢いで歩み寄り、ほかの周りのお客様も止めに入る大惨事になってしまいました。
「手出したら警察呼びますよ!」
三人組の一人がそう叫ぶと、男性客は拳を振り上げるしぐさをし、
「二度と来るかこんな店!」
と捨て台詞を吐いて乱暴に店の扉を開けて出ていきました。
「不快な思いをさせてしまい申し訳ありませんでした。」
店の中にいた高齢の女性のお客様、若い男性三人組、他のお客様に頭を下げると、緊迫した場の空気が徐々に普段通りに戻っていきました。
場の空気を悪くしてしまったことを反省していると、三人組のうちの一人が話しかけてきました。
「大丈夫?俺も居酒屋でバイトしてるんだけど、ああいう理不尽な奴はどこにでもいるからさ、そういう時はこっちも強めの対応したほうがいいかもしれないよ!」
理不尽とはいえ店員としてお客様に不快な思いをさせてしまった申し訳なさを感じつつ、客の立場でありながら場の空気を治め、そう言って私にアドバイスをしてくれる彼に、私は一目惚れをしてしまったのです。
週に一回くらいのペースで店に足を運んでくれる彼はいつも三人組でやってきて、同じメニューを注文していました。
バーガー一つとコーラが一つ。
いつも同じメニューだったため、いつしか彼が注文をする前にレジのいつものメニューの画面に指を置いて(何を注文するかわかってるんだから!)と、自信たっぷりの笑顔で注文に応じるのが当たり前になっていました。

バイト先でのトラブルからしばらく経ち、大学の構内を歩いている時でした。
何気なく人の流れを見ていると、その中に見覚えのある三人組がいたのです!
(え!?同じ大学だったの?)
まさかの偶然に驚く私の隣をふざけ合いながら通り過ぎる彼は、私のことに気づかない様子でその場から離れていきました。
(これってもしかして、チャンスじゃない?)
あれから一度も話したことがないのに、絶対に彼に近づける!と謎の自信に満ち溢れた私は、どうやって近づこうかと浮かれながらその日の授業を受けていました。
(今日店に来るよね……。コーラの下にメモとか置いたら気付いてくれるかな?でも、気味悪がられるかも……ってかバイトでそんなことしていいの?いや!同じ大学生だもん、それくらい大丈夫!たぶん!)
その日、あらかじめ書いたメモをポケットに入れ、いつも通りにレジを打つ私。
しばらく作業をしていると、ついに彼が現れました。
しかし、そこにいたのはいつもの三人組ではなく、知らない女性と一緒に手を繋ぐ彼だったのです!

頭が真っ白になって混乱する私。でも今は仕事中。集中しなくちゃ!と、気持ちを落ち着かせようと必死でした。
(そうだよね。私はただの店員で、向こうはお客様なんだもん。それ以上でも何でもないよね……。)
そして彼らがレジの前に立ち注文する番。
「シェイク二つとポテトを一つ。」
いつもと違うメニュー。他のお客様だったらすぐに受けられる注文。
いつも注文するはずのバーガーの画面に無意識に指を置いていた私は、たったその二つの注文を受けるのにとても時間をかけてしまいました。
彼らに背を向け二つのカップを手に取りシェイクを注いでいる私は、ギュッと震える下唇を噛みしめていました。
彼にとって私は特別でも何でもないただの店員。
一方的に好きになり告白しようとしていた気持ちがとても空しく、そんな自分がふっと可笑しくなり笑ってしまいました。
ふーっと深呼吸して、今まで以上に満面の笑みで振り返る私。
「シェイク二つとポテト一つになります!ごゆっくりどうぞー!」
“ごゆっくり”なんて微塵も思ってないのにそこだけ少し強調気味に言いました。
「なんかあの人面白くない?(笑)」
「そうかー?」
なんて、彼らの声が聞こえたような気がしましたが、私は聞こえないふりをしました。

その日の帰り、私はガムを噛みながら駅まで歩いていました。
(明日の予定は……)
今日あったことは全部忘れようと明日のことへ思考を巡らしていると、いつも長い駅までの道のりがあっという間でした。
「まもなく電車が到着します。」
構内アナウンスが流れ、噛んでいるガムを捨てようとポケットに手を伸ばすと、今日渡すはずだったメモ用紙が入っていることに気づきました。
「ちょうどいいや!」
私は噛んでいたコーラ味のガムをぺっとメモ用紙に包んで駅構内のごみ箱に入れ、そのまま電車に乗り込みました。
keiko著









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