傷心のタイ旅行
大学2年生の7月、2週間前に当時付き合っていた彼女と別れすっかり傷心しきっていた僕は、彼女との思い出をなぞりながら過ぎてゆく毎日にただ身を任せていた。
ある日そんな僕を見かねて中学時代から友達ケンイチが僕を旅行に行かないかと誘ってくれた。
行き先はタイ。
「海外に全く興味がない、しかもタイって。。。」
これまでの人生,海外には全く興味もなく生きてきた僕は正直乗り気ではなかった。
「イヤ、俺も最初はそうだったんだって!!でもぜってーハマるから、なぁ行こうぜ!!」
ケンイチのしつこい誘いに渋々首を縦に振った僕は、パスポートを作り、航空券を購入。夏休みを利用して2週間の傷心の旅に出ることとなった。
タイ旅行当日。Tシャツにハーフパンツにバックパックを背負い、いっちょ前にバックパッカー気取りの僕はケンイチと羽田空港にいた。
不安と期待でソワソワする僕をよそ眼にケンイチは慣れた手付きで搭乗手続きを済ませていく。
そんなケンイチがカッコよく見えて、憧れの眼差しを送っている僕がいた。
突然の訪問者

日本から飛行機で6時間。旅の目的地タイに到着。
空港を出るとそこは文字通り別世界だった。
砂埃を上げながら走り抜けていくトゥクトゥク、外国人観光客に群がる客引きや物乞いの子供たち、道に所狭しと並ぶ偽ブランドの店々。
僕は日本との余りのギャップにしばし言葉を失ってしまった。
僕らはバンコクのバックパッカーが集うエリアの安宿に泊まることにした。
荷物を降ろし、ベッドに横たわり、ガイドブックをぱらぱらと眺めていると誰かがドアをノックをする音がした。
ケンイチはあいにくトイレに行っており部屋にはいない。僕はドアに近づくと恐る恐るドアを開けた。
ドアの隙間から覗くそこには目がパッチリとしてスレンダーなタイ人の女性が立っていた。
タイ語はおろか英語もろくにしゃべれない僕は「ハ、ハロー。。。」とドキドキしながら彼女に挨拶をした。
彼女は流暢な英語で僕に何かを話しかけてくるが、当然僕に聞き取れるわけもない。
なにやらケンイチに用があるらしいのは何となく理解できたがどうしていいのかサッパリわからない。
トイレの水が流れる音がしてケンイチが現れた。
彼女はケンイチを見るなり、彼に駆け寄り親しげに会話を始めた。
会話が終わっるとケンイチは僕のほうを見て、
「じゃあ、俺ちょっと行ってくるわ!!」
と言い残し、女の子と2人部屋を出て行ってしまった。
思いがけない出会い

僕は仕方なくひとり宿を出てあてもなくフラフラと街を散策することにした。
外国人バックパッカーで賑わうこのエリア、炎天下の下観光客を物色する物売りや物乞い、道の端の下水から立ち上る匂いとそれをかき消すかのように焚かれるお香、日陰でくつろぐ野良犬たち。。。。
それらすべてが五感を刺激して、僕は興奮を隠しきれなかった。
通りには屋台や食堂が軒を連ね湯気を立ち昇らせながら、タイ料理独特の香辛料の匂いを放っている。
タイに来てから何も口にしていない僕は露店の一角の簡易テーブルに腰を下ろして食事をとることにした。
僕はとりあえずビールを注文し、しばらくメニューとにらめっこを続けていると、斜め向かいの席にひとりの女性が座った。日焼けしており、肌は小麦色だが顔立ちはどう見ても日本人。
一瞬のためらいの後、僕はその女性に声をかけた。
「すいません。日本人の方ですか?」
彼女は僕のほうを見て笑顔で
「はい、そうです」
と答えた。
彼女の名前はアキ。東京でテレビ局のADとして働いていたが仕事を辞め東南アジアを旅しているのだという。
うっすらと茶色に染めたショートカットと小麦色の肌から覗く白い歯が印象的で、笑顔がとてもかわいかった。
彼女は以前にもタイには来たことがあるらしく、ここの屋台のおすすめのメニューを教えてくれた。
僕がタイに到着してから今までの経緯を説明すると。彼女はこの街を案内してくれるといった。
食事を終えた僕らは、日が暮れてますます怪しさを増していく夜のバンコクの街へと歩き出した。
2人で歩いていると、さっきのタイ人の女の子と歩いているケンイチと遭遇。
すっかり恋人モードの2人。
「そうか、こいつの旅の目的はこれだったのか。。。」納得する僕。
アキちゃんが宿泊している宿は偶然にも僕の宿の近く。僕らは次の日朝ご飯を食べに行く約束をして別れた。
うれしい出来事

翌朝目が覚めると、ケンイチはまだ帰ってきていなかった。
僕は支度を済ませると待ち合わせ場所のアキちゃんが泊っている宿の前に向かった。
このままケンイチがずっと彼女といたら、何もしないままあっという間に2週間が過ぎてしまう。
僕はアキちゃんと朝ごはんを食べながらこの先どうしようと思案していた。
もちろんあわよくばアキちゃんと一緒に入れたらいいなという、かすかな希望も持っていた。
「アキちゃんはこれからどうするの?これからっていうのは、ずっと旅を続けるの?それとも日本に帰るの?」
僕の心にあるかすかな希望を悟られまいと遠回しにアキちゃんのこれからの予定を聞いた。
「5日くらいバンコクに滞在してそれからゆっくり北上してラオスに抜けるの。よかったら今日これからバンコクの南の方にある寺院にいくんだけど一緒に行かない?」
「一緒に行ってもいいの?」
「友達、彼女といるんでしょ?どうせ私も一人旅だし全然いいよ」
僕はうれしさを押し殺してありがとうと言ったが、会計が終わり、嬉しさのあまり勢いよく席を立ち膝がテーブルに当たってテーブルの上のナンプラーのビンをひっくり返してしまった。
準備をするために宿に戻るとケンイチがベッドで横になっていた。
僕が事情を説明するとこれで彼女と心置きなく楽しめると思ったのか「気を付けていって来いよ」と上機嫌に僕を見送るのだった。
寺院観光はとても楽しかった。バンコクの喧騒とは異なり緑に囲まれたその場所は時折さわやかな風が吹いた。正直寺院なんて全く興味はなく、ただアキちゃんと一緒にいられるのがうれしかった。
いつの間にか日本での失恋のことなど忘れており、僕は目の前のあきちゃんのことを恋愛対象として見るようになっていた。
僕らはその後も毎日のように観光や食事に行き、楽しい時間はあっという間に過ぎ、とうとう明日の朝はアキちゃんがバンコクから旅立つ日となった。
最後の夜

僕は彼女に気持ちを伝えることができないまま、最後の夜を迎えてしまったのだった。
僕らは二人が出会った最初の食堂へと向かった。
僕たちの席の後ろをけたたましい音お立てて走り抜けていくトゥクトゥク、屋台の熱気とうだるように熱いバンコクの夜。
心持ち彼女のビールのペースが速い。彼女は少し酔っぱらっていた。
そして、ぽつぽつと自分の過去について話し始めた。
中学生のとき父親が事故で亡くなったこと、婚約までしていた彼氏との別れ、ADとしての挫折。。。
彼女時々目に涙を浮かべながら、僕にというよりは自分自身に語り掛けるようにゆっくりと話した。
涙を浮かべる彼女に僕は言葉を掛けてあげることもできず、僕はただ彼女の話を聞いていることしかできなかった。
結局僕は彼女に想いを伝えることが出来ず、最後の夜は終わった。
「アキちゃんいろいろありがとう。ホント楽しかったよ。気を付けて行ってきてね!!」
アキちゃんが宿泊している宿の前、僕がそういうとアキちゃんはいつものかわいい笑顔で「こちらこそありがとう、また日本で会おうね」と言って宿の中へと消えて行った。
告白はできなかったけど、僕の心は何とも言えない充実感に溢れていた。
タイに来なければ出会うことのなかった彼女、人々の熱気とバンコクの喧騒。
宿への帰り道に僕をふと襲った人生で初めて味わう不思議な感覚を今でもはっきりと覚えている。
宿に着くと、ケンイチが僕を待っていた。
「よお、帰ってきたか!おい、これからストリップ行こうぜ!!タイの女の子、めっちゃ
かわいいぞ!!」
ケンイチはそう言うと、僕を再びバンコクの夜の喧騒へと連れ出した。
hako著









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