その当時、私は毎日とても疲れていた。
仕事を探していた私に知り合いが声をかけてくれて入社した会社は、社長のワンマン経営により、社長派と反社長派とにわかれていて、お世辞にも雰囲気の良いところとは言えなかった。
私に声をかけてくれた知り合い、というのが、社長と公私ともに付き合いがある人で、私の入る仕事というのが、社長と特に折り合いが悪かった社員の補充という何とも微妙なポジションだった。周りからすると、社長に意見してくれた正しい社員が辞めてしまって、社長の息のかかった人間がやってくる、という感じだったらしい。

引継ぎ担当者が辞めてから、怒涛の日々が始まった。ただでさえ慣れない仕事に時間がかかったのはもちろんのこと、女性社員は反社長派が多かったから、なかなか打ち解けて話せるような人もできなかった。何より毎日隣の社長室から社長の怒鳴り声が漏れ聞こえてくるのもかなりのストレスだった。
仕事が大変で愚痴を言いたくても、同じ業務をしている人がいないためそれもできず、隣の課の子たちが業務の愚痴を言い合っているのを見てとても羨ましく思ったのを覚えている。自体の改善云々ではなく、溜まったものを吐き出して同調してもらうだけでもかなり気が楽になったのに、と思う。

入社して数か月たったころ、ある営業さんと書類のやり取りをする際に、「おつかれさま」「いつもありがとう」そんな言葉が書かれた付箋がついてくるようになった。私もそれに対して「外回りお疲れ様でした」「今日も社長の噴火すごかったですね」と日々のささいな言葉を返すようになった。休憩室でのちょっとした会話や、たまに一緒になる駅までの帰り道、彼との交流が忙しい中での小さな楽しみとなっていった。
それからしばらくして、社長の娘が入社してくることになった。もともと、私がそこに入社したのは、娘が入るまでの一時的なつなぎという話だったので、やっと来てくれたという気持ちでいっぱいだった。仕事に慣れてきても残業は変わらず、10時過ぎに会社を出ることはざら、終電で帰宅することもしばしばあったので、単純に人手が増えると考えただけで助かった…という気持ちだったのだ。
ただこの娘がなかなか曲者で、始業時間にはまずやって来ない、仕事を教えようとしても「机の掃除をしているので後でもいいですか」、挙句の果てに「タバコ休憩行ってきます」と席を外して30分帰ってこない、微妙に言い訳は違えど毎日こんなやり取りの繰り返しだった。
彼女は彼女なりに会社の雰囲気があまり良くないこともわかっていたようで、それを改善しようと、休日に社員参加の食事会、近場でのバーベキューを提案するなどしていた。興味もなかったけれど、業務上彼女と一番近い場所にいたのは私だったこともあって、彼女から半ば強引に誘われバーベキューに参加することになった。
当日は20人ほどが参加してそれなりに盛り上がった。最後に片づけをしていると、遠く離れたところで、タバコをふかしながら楽しそうに話す彼と彼女の姿が見えた。その日は、青空の中の解放感もあり、仕事で関わりがなく話したことがないような人たちとも交流が出来て思った以上に楽しい時間を過ごせたことで、私はかなり上機嫌だった。その二人を見るまでは。二人の姿が目に入った瞬間、自分でもびっくりするくらいに、気分が落ち込んだ。

別に彼を好きなわけではない、感じがいい人だと思っているだけ、そう思っていたけれど、どうもそうではなかったらしい。
バーベキューが終わってからも、彼女は相変わらずの重役出勤で仕事にも身が入らない様子だった。そしていつものようにタバコ休憩に行くと言う彼女を目で追うと、同じタイミングで外に出ていく彼の姿が見えた。その瞬間、バーベキューの日の二人の姿を見た時の、ずんっとする感じがやってきた。それまで気付かなかったけれど、彼女が休憩に行くタイミングで彼も部屋を出ていくのを目にするようになった。
隣の課の子たちと一緒にお昼を食べたとき、その二人の話題になった。バーベキューの前から二人のことは噂になっていたようだ。皆私よりも社歴が長いので色々な情報を持っている。どうも彼は以前にもこの職場に恋人がいたらしい。その恋人は、皆に言わせると、全く仕事をしないけど営業さんにはすこぶる人気があり、社長からも気に入られていた、という絵にかいたような「女の敵」的な人だったようだ。結局その人は契約が終わりこの会社を辞めてしまったらしいが、その話を聞くうちに、彼への気持ちがすっとどこかに行くのを感じた。

その後、社長の娘は、社長と大喧嘩をしてそのまま会社に来なくなった。私の仕事は結局また新たな人を雇いその人に引継ぎをして、私はその会社を辞めた。後になって聞いたことだが、社長と娘の喧嘩の原因はどうも彼のことのようだった。
同じ土俵に乗ってもいなかったけれど、深入りする前じゃなくてよかったと思う。今度は日に何度も、タバコ休憩で30分も席を外すような人ではなく、真面目に仕事をして無駄な残業をしないような人を好きになろう。
tyuya著









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