仕事を退職。世界一周の旅へ
ミサキがこの街を訪れたのは2年前。世界一周旅行の途中のことだった。
彼女は大学を卒業後、インテリアデザインの会社に就職。しかし、「自分が本当にやりたいことはなんだろう?」という疑問がいつでもグルグルと彼女の頭の中を駆け巡っていた。
もちろん今の仕事が嫌いなわけじゃない。でも何かが違う。。。
彼女は思い切って仕事を退職。本当に自分がやりたいことを見つけるべく世界一周の旅に出ることに決め、そしてこの街にたどり着いた。
ホステルの計画

時を同じくして、この街に日本のあるベンチャー企業がホステルを経営するという計画が持ち上がった。
ホステルというのは相部屋、バス・トイレ共有でキッチン設備があるバックパッカーや低い予算で旅行をしたいという人たち向けの安価に宿泊ができる施設。
大学でインテリアデザインの勉強をしていたミサキに、そのホステルの内装のデザインを担当する話が持ち上がった。
「私は自分が本当にやりたいことを見つけるために旅に出たはず。それなのに今までと同じことをして貴重な旅の時間を潰してしまっていいのだろうか?」
ミサキは一瞬ためらったが、旅先しかも海外で自分の知識・経験を活かして人の役に立つことができると思うとそれはそれで嬉しく、快諾した。
このホステルの内装は業者に発注するのではなく、工事を無料で手伝ってくれるボランティアを募り、ミサキの設計図をもとに進めていく、いわゆるDIYによって作られることが決まり、日本からの留学生やたまたまこの街を訪れた旅人、現地の学生とその友達、中にはうわさを聞きつけてふらっと現れた近所のおじさん、おばさんといろんな人がこの計画に携わった。
和気あいあいと楽しく作業を進めていく中で、たくさんの交流が生まれ、たくさんの仲間に囲まれながら仕事をする彼女はこれまでにない充実感を感じていた。
気になる存在

そんなミサキには気になる存在がいた。このDIYに友達と一緒に参加しているカルロスだった。カルロスは大学院で機械エンジニアを勉強しており、物静かだが人に気配りができる。
決してイケメンではないが、彼のやさしさにミサキはどんどん惹かれていった。
そんな噂もチラホラ聞かれるようになると当然カルロスの耳にもその話は入っているはず。しかし、両方とも恋愛には奥手、2人の距離は縮まることなく春は終わりを告げようとしていた。
季節は初夏へ移りこの街に雨季が訪れた。
どんよりとした厚い雲が1日中空覆い、ときよりその隙間から覗く太陽の強い光に夏の訪れを感じ胸が高鳴る。
そして、突如として訪れる豪雨。
そんな季節の移り変わりはまるで彼女の未来を暗示しているかのようだった。
驚きの事件

その後もホステルの計画は順調に進んでいたが、2人の距離は縮まることはなく夏本番を迎えた。
この街は標高2000メートルの高地にあり、夏でも湿気がなくスカッと晴れ渡り日差しは強いものの日陰に入れば涼しい。
そしてこの時期には夏のバカンスでこの街を訪れる世界中の観光客で賑わう。
僕の勤めていた日本食レストランも閉店時間まで忙しく、家に帰ればもうクタクタ。帰ってくるなりベッドに横たわると、おもむろに携帯を取り出した。
友達からのメールを開くとそこには驚きの内容が記されていた。
それは、ミサキが帰宅途中強盗に遭ったというものだった。彼女に危害はなかったものの所持金やパスポート、パソコンまですべて盗まれてしまったのだった。
この街は観光業に力を入れており治安は良く、女性が一人で夜道を歩いていても危険な目にあうことはまずない。
しかし夜であれば地元の人でもあまり通らないような道があるのも確かだ。
ミサキはショックのあまり部屋から出ることもできなくなり、もちろんホステルの計画もストップしてしまった。
人間不信に陥ってしまったミサキ。そんなミサキの側にいて支え続けたのが
カルロスだった。
事件から1か月カルロスの励ましもあって少しづつ元気を取り戻してきたミサキは、また前のように元気にホステルDIYの現場に戻ってきた。
そしてこの事件をきっかけに2人の距離は急接近していき、その年の秋2人の交際はスタートした。
冬の足音

季節は駆け足に過ぎ去りメキシコにも冬の足音が少しずつ近づいてきた。
11月も終わりを迎え、日が暮れるのも早くなり薄暗くなった広場の片隅のタコス屋の屋台には肉を焼く鉄板の熱で暖をとりながらタコスを口にほおばる人々の姿も見られるようになってきた。
全人口の80%がカトリック教徒であると言われているメキシコ人にとって最も大切な日であるクリスマスももうすぐだ。
街にはクリスマス用の飾りつけを売る出店が道に所狭しと軒を連らねる。そして遠くに住む家族や親戚、子や孫へのプレゼントを買いに家族そろって街へと出かける。この時期からククリスマスにかけてはメキシコ人が家族との時間を人生の中で最も大切に考えていることが身近に感じられ、町中が暖かな空気に包まれる。
そんな秋の終わりにカルロスはミサキにプロポーズをし、ミサキもそれを了承。
ホステルのDIYも素人だけで作ったとは思えない見事な出来栄えとなり、それには誰もが驚きの声を上げた。
そして春を迎えミサキはこの街を後にして日本を帰国、その年の7月カルロスはミサキの両親に結婚の挨拶をするためにひとり日本へと旅立っていった。
世界一周旅行のはずが

「ミサキ結婚おめでとう!!」
メキシコの雲一つない青空の下、教会の鐘が鳴り響き、紙吹雪が舞う。
家族、親友も日本から駆け付け盛大な祝福の中、純白のドレスに身をまといカルロスと見つめ合うミサキはこれまでの人生で最高の瞬間を噛み締めていた。
結婚式も大成功に終わり、しばらくたった秋の昼下がり。僕はミサキと広場のビアガーデンにいた。昼から冷えたビールを喉に流しこみ、僕らはほろ酔い気分だ。
ミサキは笑いながら「私の世界一周の旅はたった2週間で終わっちゃった」といった。
確かにミサキはこの街に来てから帰国までの日々をこの街で過ごした。
しかし、たった2週間でたどり着いたこの街で彼女が手にしたものはきっと世界100周分以上の価値があるものだったのではないだろうか。
5時を告げる教会の鐘が鳴り響き、あたりが暗くなってきた。今年の例年に比べて風も冷たく日が落ちるとぐっと冷え込む。
「寒くなってきたし、あそこのタコス屋で食べてこうよ」僕は広場の片隅のタコス屋を指さした。
そこには既にタコスを食べながら暖をとる人達が集まっていた。
僕らは会計を済ませて席を立つと、その人だかりへと向かって歩き出した。
tsuji著









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