無能な先輩

社会人になった。春からスーツを着て出社する。

大学時代、就職活動はそれなりに頑張った。私が入社する会社はそこそこ大きい。正直、何が良くて入りたかったかはわからない。皆が羨ましいと言うし、いい会社なのだろうということで選んだ会社だ。

私は昔からとにかく要領がよかった。大人が喜びそうなことが手に取るようにわかるのだ。どうしてかはわからない。いつだって大人の求める答えを提示することができたし、テストの記述問題だって面接での受け答えだって模範解答ができたのだ。アルバイトをしても飲み込みが速かったし、勉強もスポーツも、この世に私の苦手なものなどなかった。

入社してすぐはオリエンテーションや各部署を回って挨拶などをし、その後は1週間ずつローテーションですべての部署へ行き研修を受けた。おそらく適正を見て配属を決定するのであろう。同期は20人ほどいたが、昼食時には決まったメンバーで今いる部署の情報交換が行われた。

そのうちの一人は「営業の吉村さん、気を付けた方がいいよ!」と言っている。早速新入社員を口説こうとする先輩に出くわしたらしかった。彼女は被害者かのような顔をして自分がモテていることをアピールしたいように見えた。私は適当な相槌とともに聞き流し、皆どの部署に配属されたいかなど話題をうつしていった。

ほどなくして私は営業に営業事務として配属された。研修期間中に例の吉村さんとやらに声を掛けられることはなかった。噂が回って上から注意されたのだろう。最も私が吉村さんのなかで口説くに値しなかっただけかもしれないが。

吉村さんは入社6年目で脂でデカデカとしているおでこはいかにも酒と肉と女が好きといったオーラ満載であった。彼はいつも同じ部署の荒木さんを馬鹿にしていた。荒木さんは吉村さんとは対照的で、口数も少なくあまりしゃべらないタイプだった。営業という部署柄、成績が数値化されて目に見えやすい。成績の揮わない荒木さんを私は数字をとれない無能な営業マンくらいにしか思っておらず、そんな彼を吉村さんが馬鹿にするのは彼らの性質情仕方のないことくらいだと思っていた。

私の仕事は外回りの営業がとってきた仕事の事務処理をしていくことがほとんどだった。営業は基本男性が、それに付随する事務処理は女性が行うという昭和式スタイルの会社だったが、外に出るのは好きではないので女で良かった。私は学生時代からとにかく要領が良くなんでもできると自負していた。しかし事務仕事となると、これまでしてきたこととはかなり性質が違っていた。私が得意なのはきっちりと伝票を仕上げることでもなく適正な価格で見積を作成することでもなかったのだ。ただ大人の顔色を窺いテストでいい点を取ることに長けていただけだった。先輩に仕事を教えてもらいながらも日々自信がなくなっていくのを感じる。キメの細かい作業はあまり得意ではなかったのだ。

昼休憩中に荒木さんに話しかけられた。仕事は慣れましたかという丁寧ななかにも内気な彼らしさを感じさせる質問をこちらへ投げかけた。

私は思うように仕事が覚えられないことやうまくいかず自信をなくしていることなど正直に彼に話した。同期にそんな話をすることはなかったが、観葉植物のようにそこにたたずんでいるだけの彼にはなぜだか素直に自分の考えを話すことができた。

彼は私に、君は自分の才能を信じて疑わない人生を送ってきた。これまで学生時代に求められてきたことがたまたま君と相性が良かっただけで、この仕事と君の相性がたまたま良くなかっただけではないだろうか。そんなに気にすることでもなく、むしろ相性の良い部署へ最初から配属されていてはあの吉村のようになっていたのではないかと話した。

私ははじめ、なぜこのようなことをこの無能な先輩に言われなければならないのだろうかとすこしムッとした。しかしすぐに、それは自分が天狗になっていたからであることに気づかされた。自分の才能を信じて疑わない人生…確かに荒木さんの言う通りだと感じたのだ。彼は私に、人を見下す人間になってほしくないと言った。挫折のない人生は傲りを生む。学生時代何においても人より秀でていると自負していた節があったし、確かに他人のことをどこか見下していた。私はその日自分の考えに気づかされ、ショックを受けた。

仕事のやり方を変えた。わからないことを聞くことも、できないことを認めることも、以前より苦しくなくなった。仕事を教えてくれていた先輩が、あなた最近変わったわね、と言うようになった。荒木さんと話して考えさせられたことがあるんですと答えると、荒木さんねぇ…彼、営業向きではないのよ、完全に人を育てることに向いているわと先輩は答えた。彼に仕事の悩みを打ち明けた人は必ず目に見えて変化しその後出世していくのだそうだ。

k565著

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コメント

コメント一覧 (2件)

  • 今回の作品は、社会人になり出会ったある先輩とのお話です。

    就職活動に励み、周りからの評価の高い会社に入社することになった主人公。彼女は昔から要領がよく、かなり自信家な性格でした。
    研修期間中は周りの人間関係を知る場面もあり、その中で自信家な吉村さんと、内気な荒木さんという2人の先輩のことも把握していました。
    吉村さんは荒木さんをよく馬鹿にしており、主人公も荒木さんのことを無能な先輩としか思っていませんでした。
    主人公は学生時代と違い、事務仕事のようなキメ細やかな仕事をすることは苦手で、そのことで自信を無くす日々を送っていました。
    ある日、休憩中に荒木さんに話しかけられる時があり、主人公は仕事での悩みを相談します。
    荒木さんとの会話でムッとすることもありましたが、それも自分の過信や傲慢のせいだと気付かされ、仕事へのアプローチを変えてみることにします。
    そのおかげで主人公は仕事の成果が出始め、荒木さんの人を育てる才能にも気付かされました。

    新しい職場での成長と自己認識が描かれていて、他人への尊重と謙虚さの重要性が示されています。
    自己中心的で自己評価の高かった主人公が、無能だと思っていた先輩の助言を受けて考えを改め成長していく姿は、読者に感銘を与えます。
    自己啓発や周りとの人間関係に興味がある読者にとって、非常に有益で学びのある作品になっています。

    検収者 kitsuneko22

    ②kitsuneko22-10

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