
大人はどうして私たちに本を読めと言うのだろう。大人だってそう大して本を読んでいないくせに。私はあまり本を読まない。面白いと思った試しがあまりないのだ。だけれど、その日は学校の図書室に行った。なぜそうしたかはわからない。ただ特別な理由もなくなんとなく、行きたいから行ったのだ。

その日は雨が降っていて静かだった。私は雨の降る日の少し暗い感じやあのアスファルトの濡れた時のにおい、雨の音が好きだった。図書室は静かでそんな雨の日の雰囲気が感じられた。何を手にとれば良いかわからずふらふらと歩いていると、図書委員のおすすめ本のポップが目に入った。夏の入り口のような季節柄か、ホラー小説のおすすめがずらりと並んでいた。私はそのうちの一冊を手に取り数ページパラパラとめくった。そのとき見たことのない顔がこちらへ近づいてきた。1つ上の先輩のようだった。この学校は学年によってスリッパの色が違うので見てすぐに先輩だということに気が付いた。その先輩はこちらへ近づいてきて「そのポップ、僕が作ったんだ。どうかな、この本を読みたくなったかな?」と話した。このポップによってこの本に興味を惹かれて手に取ったことに間違いはない。そして今この本を借りていこうと思っていることを先輩へ話すと、とても喜んでくれた。彼はかなり本を読んでいるようで、熱心に図書委員としての仕事をしているようだった。自分の勧めた本がきっかけで読書に目覚める人を増やすことが目標らしかった。その日はしばらくその先輩と話をして本を借りて図書室をあとにした。

それから私は何度か図書室を訪れた。先輩はいつも私におすすめの小説を教えてくれるようになった。先輩の教えてくれた小説はとても面白かった。私は本をよく読むようになった。はじめは先輩と話すのが楽しくて先輩のおすすめを読めば話す口実ができると思って読んでいたが、だんだん小説を読む楽しさを知っていった。いつしか先輩の受験が近づいて小説の話をすることは減っていった。先輩は第一志望に受かったようだった。卒業式では泣かなかった。先輩のことが好きだったかはわからない。だけれど私は限りなくそれに近い感情を持っていたと思う。卒業する先輩に寂しくなりますね、とかそんな普通の後輩のいかにも言いそうなことを言い、少しの時間別れを惜しんだ。

私はいつしか小説家を志すようになった。進路を決定する過程でその話を親や先生にはしていなかったが、大人は私が毎日小説の世界に入りびたり度々思いついたかのように机に向かう姿を見てなんとなく察してはいるようだった。私は今の自分の成績から見て少しだけ努力が必要な偏差値の大学を希望した。受験勉強を乗り切りなんとか合格した。4年間は大学の授業とレポート、空いた時間で書きたいものを書いた。
社会人になっても仕事が終わってから本を読んだり小説を書いたりするという時間の使い方は変わらなかった。出来の良い、人に見せても恥ずかしくないものが書きあがると同僚に読ませたりもしていた。あるとき同僚が、これすごく面白いよ!新人賞に出してみたら?といった。衝撃的だった。今まで賞に応募するという発想がなかったのだ。いや…恥ずかしいよ。とその時は言ったが、わくわくして鼓動が速くなるのを感じた。
そのときに書いたものを家に帰ってもう一度自分で読み直した。今ある賞のなかでそれらしきものを選んで、締め切りまですこし時間があるので何度も読み直しては手直しをした。結局その賞をとることはできなかったが、私の中で新人賞をとるという目標がうまれた。これまでただただ趣味で書いていたが、目標ができると張りが出た。

たしか三度目の応募のときだった。三度目ということもあって慣れてきたためか肩の力を抜いてするすると書けた作品があった。なぜだか今回は自信があった。このとき応募した新人賞で私は大賞を受賞した。大きな賞だったのでしばらくは実感がわかなかったが、気が付けば小説家としてデビューし、今では締め切りに追われる日々が続いている。

私は今度自分の書いた小説が映画化される。そのインタビューで、なぜ小説家を志したのかきかれた。すべて正直に話した。
私は読書が好きではなかったこと、大人が本を読めというのがなぜだか理解できなかったこと、好きだった先輩に近づくために本を読み始めていつしか没頭するようになり気が付いたら自分も小説を書くようになっていたことなど、とにかくすべて話した。
このインタビューをあの先輩が見ているかはわからない。いつか私の書いた話を読んで誰かに勧めてくれていたらいいなとどこかで願っている。
K562著









コメント
コメント一覧 (2件)
pr
今回の作品は、小説家になるきっかけを作った先輩とのお話です。
筆者は元々読書嫌いでしたが、ある日なんとなく図書室に行き、そこでおすすめ本のポップを目にします。
紹介されていた本を手にとって読んでいると、一人の先輩が自分に声をかけてきました。
そのポップは先輩が書いたようで、筆者がその本を借りようと思っていたことを嬉しく思っていたようでした。
それから何度も図書室に通うようになり、先輩はおすすめの本を教えてくれるようになります。
筆者は次第に小説を読むことが好きになり、先輩との会話も楽しんでいました。
筆者はいつしか小説家を目指すようになっており、3回目の応募で大賞を受賞します。
インタビューで小説家になるきっかけを語った時、当時の先輩のことを思い出しました。
偶然の出会いから人生の方向が大きく変わり、未来を切り開いていく素晴らしいストーリーです。
元々読書嫌いだった筆者が小説家を目指すようになる様子は、そのきっかけを与えた先輩の存在の大きさを表しています。
人との出会いが人生を変えるということ、夢を持って努力することで成功を掴めるという希望を読者に与える感動的な作品です。
検収者kitsuneko22
㊱kitsuneko22-10