これは私が職場で体験したお話です。当時私はインテリア関係の事務所で働いていました。

「イケメン上司」
20代半ば、私はそれまで勤めていた会社を辞め、小さな事務所に転職しました。個人事務所だったので、社員も10数名程度。その中で、デザイン担当のYさんとペアを組むことになりました。
Yさんは背が高く、端正な顔立ちのイケメンでした。また頭がよく機転も利くので、周りからの信頼も厚く、物腰もやわらかな人でした。
すぐに私も、Yさんを慕うようになりました。
しかし仕事をするうちに、Yさんの本質がだんだんとわかってきました。
それは「生粋の女好き」だということ。
ただし「性欲が強いタイプ」というよりは、「感覚が女性寄りで女性のほうが馬が合うタイプ」のほうがしっくりくる、そんな人でした。
リップサービスも得意で、
「〇〇さんと一緒だから、今日は一日楽しくなりそうだな」とか、
「〇〇さんといると癒されるよ」など、
独身女子の気持ちをぐらっと揺らがせるようなことを、さらっと言える人でした。
私ももれなく心をつかまれた一人で、いつしかYさんに淡い好意を抱くようになりました。

「モラハラ」
しかし、Yさんにはもう一つの顔があったのです。
それは「神経質な一面」でした。
たとえば、潔癖症なのもそのひとつで、手洗いはいつも徹底していました。愛車もしょっちゅう洗車に行き、車の中の清掃もぬかりなくしていました。かと思えば、机の周りには資料の山が乱雑に置かれてあり、一向に気にしていませんでした。
つまり自分が気になることには徹底したこだわりがあり、それ以外は無頓着なようでした。
そしてその徹底したこだわりは、仕事においても言えました。
図面の提案書では、線一本の太さ、線種、色全てさんがYさんが決め、印刷してしまえば黒くぬりつぶされてしまうような細かな部分さえも、徹底して指示しました。
私はYさんの指示書をもとにソフトを使って図面を書いていくのですが、その強いこだわりに合わせて書くことができず、次第に疲弊していきました。
図面を提出するたびに、「指示書と違う」と言われ、そのとおりに書くと「違う、こうじゃない」と言われる日々。
私は次第に、「本当に自分は劣っていて、どうしようもない人間だ」と思い込むようになりました。

「社長」
そんな毎日が続き、私はYさんが隣にいるだけで呼吸が浅くなり、気が遠のく感覚になりました。しかしYさんは機嫌がなおると、いつものおだやかで優しい態度に戻るので、私はまたほっとして、心を許すのでした。
それでも私の心は壊れかかっていたようです。
ある日、Yさんが席を外していた時に、私はタガが外れたように涙が止まらなくなりました。止めようにも涙が勝手に出てきてしまうのです。
その瞬間を、見られてしまった人がいました。それは社長室から出てきた事務所の社長でした。
社長とは面接以来、それほど接点はなかったのですが、私の様子を見てとても驚いていました。
どうしたのか、と聞かれましたが、なんとなく察してくれたようでした。
その日のうちに、社長は食事に誘ってくれました。
私は「自分のせいで仕事に支障が出てしまい、仕事ができないことがつらい」というようなことをその場で話しました。
社長はうん、うん、と聞いたうえで、「大丈夫、あなたはちゃんとできているから」と励ましてくれました。

「不誠実な人」
その後も私はYさんのコロコロとかわる態度に翻弄され、「すべて自分が悪いのだ」と自責の念にとらわれながら仕事をしていました。
私とYさんの関係は、見るからに悪化していました。必要最低限のこと以外は、一切話さなくなりました。
社長はたびたび私を食事に連れ出してくれました。そして最初のうちは、仕事の現状について相談に乗ってもらっていました。私も次第に社長を信頼するようになっていきました。
しかし回数を重ねるごとに、様子が変わってきました。
社長は、「仕事を辞めていいから、自分と付き合わないか」、と言ってきたのです。
社長は既婚者で、子どももいました。私が信頼していた社長は、奥さんと子供を裏切って不倫を持ちかけようとしていたのです。
私はそこで、すべてが嫌になりました。
モラハラ上司にも、不倫を企てようとする社長にも。
その事務所はすぐに退職しました。その後、事務所がどうなったかはわかりません。
しかし、私も社長が既婚者と知りながら、ふたりきりの食事に足を運んでいたのです。無知であったとはいえ、誤解を招くような態度をとっていた私も「不誠実な人間」であったのだと思います。きっかけを作ったのは、私でもあったのです。
s592著









コメント
コメント一覧 (2件)
pr
今回の作品は、職場で経験した不誠実な関係についての物語です。
当時インテリア関係の仕事をしていた著者は、デザイン担当のYさんとペアを組むことになります。
始めはイケメンで頭がよく周りから信頼されるYさんを慕っていた著者。しかし、一緒に仕事をしていく内にYさんの本質が見えてきます。
女性の心をつかむのが上手い面がある一方、神経質でこだわりの強い一面も持ち合わせていたのです。
彼の仕事への強いこだわりに合わせることが難しく、著者は次第に自信を無くして追い込むようになってしまいます。
そんな毎日を過ごしていたある日、思わず涙していたところを社長に見られ、そこから食事に誘われるようになっていきました。
何度も食事に誘われ仕事の相談に乗ってくれる社長を信頼していく著者。
しかし、社長は不倫を持ち掛けてきて、全てが嫌になった著者はすぐに退職してしまいました。
不誠実な人間に巻き込まれた著者でしたが、そのきっかけを作った自身も不誠実な人間なのではないかと反省しました。
職場での複雑な人間関係や精神的な苦悩について描かれていて、緊迫した状況が伝わってくる内容です。
慕っていた上司からのハラスメントに苦しめられ、社長の不誠実な言動に悩まされた著者の感情に、多くの読者が共感するでしょう。
人間関係においての立ち回りの難しさについて考えさせられる興味深い作品です。
検収者 kitsuneko22
⑯kitsuneko22-10