76歳になった私は今恋をしています。
夫が亡くなって10年。
私はあの日から恋をしています。
そして、あの日から後悔していることがあります。
今から53年前。
23歳のとき、私は結婚をしました。
親が決めた相手との結婚です。
結婚に前向きな夫とは違い、私は乗り気じゃありませんでした。
だって、全然好きではないですから。
初めて会ったのはお見合いの時でした。
私が部屋に入ると、
彼は新しそうなスーツを着て、背筋をピンと伸ばし正座で座っていました。

その様子からとても緊張しているのが伺えました。
顔はこわばり、怖いくらいです。
その時の夫の印象は、地味で真面目。
誠実そうではありましたが、つまらなそうだと思いました。
それにその当時は、私には別に想いを寄せる人がいました。
愛想よく返事をしますが、心の中では、この人と結婚なんてしたくない。
正直、私はそう思っていました。
しかし、時代が時代なので、親が決めた相手と結婚するほかありません。
私は全然好きではない相手と結婚をしました。
私たちは結婚し夫婦になりました。
二人の子宝にも恵まれ、それなりには幸せでした。
夫の仕事も上手くいき、生活に困ることはなく、順風満帆な生活を送ることが出来ました。
それでも、私は夫を心から愛することは出来ませんでした。
しかし、夫はそんな私に愛を伝えます。
「生まれ変わってもまた一緒になろうね」
イヤです。
言葉には出しませんでしたが、そう思っていました。
なので、「はい」と素直にうなずけませんでした。
だって好きじゃないもの。
いつも上手くあしらって、言葉を濁しその場をやり過ごしていました。
それから数十年。
子どもたちも家を出て、夫も定年退職をし、私たち夫婦は第二の人生を歩みはじめていました。
夫の習慣は朝の散歩でした。
その日も夫は朝日を浴びながら散歩に出掛けました。
いつもと何も変わりはありませんでした。
しかし、夫は出掛けたきり二度と帰って来ませんでした。
心臓発作でした。
倒れている夫を発見した人によると、夫は朝露に濡れた草むらに倒れていました。
手にはピンクのスミレが握られていたそうです。
病院に搬送されましたが、夫はそのまま天国へ旅立ちました。
私は涙を流しました。
来る日も来る日も涙は止まりません。
私はふと考えました。
なぜ、こんな涙が止まらないのでしょうか。
夫のことなんて好きではなかったのに。
私は涙が止まらないことが不思議に思えました。
そして、私は気が付きました。
ああ、そうか。
私はなんてバカなんでしょう。
こんなことに気が付かないなんて。
夫が亡くなってはじめて気が付きました。
私は夫を愛していたことに。
親が決めた結婚。
全然乗り気じゃない私。
でも夫と過ごした40年、
幸せじゃないときなんてあったでしょうか。
振り返ってみましたが、幸せじゃないときなんて思い当たりません。
「生まれ変わってもまた一緒になろうね」
夫の言葉が蘇ります。
どうして。
どうして。
どうして、あの時「はい」と返事が出来なかったのだろう。
嘘でもいいから頷けば良かった。
そしたら、今後悔の念でこんなに苦しまなくて良かったかもしれないのに。
私は夫が亡くなったあの日からずっと後悔をしています。
後悔してもしきれないほどに。
夫が亡くなってから、私には習慣があります。
毎朝、ピンクのスミレの鉢植えにお水をあげます。
ちなみにピンクのスミレの花言葉は「愛」です。
夫はピンクのスミレを握って倒れていました。
夫は私に花を贈ろうとしたのでしょうか。
真相を知ることはもう出来ません。
花に水を上げたら、夫のお仏壇の前でお経をとなえ、歌を歌います。
「また君に恋してる」と。
毎朝、歌っているのでかなり上手になりました。
10年も歌っていますから、遠い天国の夫にも聞こえているでしょうか。
私の想いはちゃんと届いているでしょうか。
76歳になった私は今恋をしています。
夫が亡くなって10年。
私はあの日から夫に恋をしています。
そして、あの日から後悔していることがあります。
23歳の私に伝えたいことがあります。
親が決めた結婚。嫌だよね。
前向きな彼と違って、あなたは乗り気じゃないよね。
他に気になる人がいたのに。
結婚し、夫はあなたに愛を囁きます。
「生まれ変わってもまた一緒になろう」
って。
そう言われたら、
その時は「はい」と返事をしてね。
よろしくね、頼んだよ。
76歳の私より
moriya著









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