60年もの愛から学べること

昨年の9月に、母方の祖父母夫婦が結婚60周年を迎えた。私が今年で30歳になるので、その倍の時間を共に過ごしている二人の愛には見習うべきものがあるのではないかと思っている。

60年も一緒にいれば、数え切れぬほどのいさかいや不和もあっただろう。短気な私には耐え難いものであるが、これから誰かと結婚するとすればこの二人同様、長年にわたるであろう愛をはぐくまなければならないだろう。今回は、この祖父母夫婦の姿から私が学べるものはあるのか、考えていきたい。

昭和の雷オヤジと温和な母

そもそも、結婚した当時における二人の人となりがどのようなものであったかざっくりではあるが説明しておこう。祖父は先代より引き継いだ商店を経営しており、毎日一生懸命に働いていた。

当時幼かった母ときょうだいも繁忙期には配達に駆り出され、店の手伝いをしていた。祖母は三人の母親として、個性豊かな子どもたちを必死に育てていた。当然、祖父の店を手伝いながらであるのでその重労働っぷりは男である私からも容易に想像できる。

そんな家庭での二人の姿はどのようなものであったか。祖父は典型的な昭和の雷オヤジであり、何度も見せてもらったアルバムの姿から、端正な顔立ちとばっちり決めたパンチパーマといったいで立ちのイメージが強い。母や叔父・叔母から聞く話によると、それはそれは厳しい父親だったそうでお説教の際には何度もその恐怖から落涙(らくるい)していたという。

一方、祖母は祖父とは対照的にとても温和で少し抜けたところがある優しい女性であった。母たちに当時の祖母について聞いても、特別怒られたという話は聞かない。

このように、性格が真逆の二人がなぜ60年もの間共に歩んで来られたのか。今考えても不思議でならない。もちろん、私は当時のことをよく知らないのではっきりと「これ」と言えるものはないのだが、孫として祖父母と一緒に過ごしてきた時間から夫婦円満の理由を探っていきたい。

山は高く、谷も深かった60年

商店を経営していたころは、町内における買い物の拠点として機能していたこともあって、それなりに繁盛していたようだ。また、祖父は球界やゴルフ界とのつながりも強く、知り合いにプロ野球選手やプロゴルファーが何人もいた。

今でも私が祖父母の家に遊びに行く度に、「あの時はプロ野球選手の○○となあ…」という話を嬉しそうにする。当時はお金も潤沢(じゅんたく)だったようで、母が結婚した時には総額100万円を超える家具をプレゼントしていたそうだ。

しかし、「盛者必衰」とばかりに時代は流れる。周辺には大型のスーパーマーケットなどが台頭し、商店の売り上げも減っていく。私が幼いころに商店に遊びに行ったり配達に同行したりもしたのだが、あの時期は商店の最晩年だったのだろう。高齢となったこともあったのか、祖父は間もないうちに商店を畳むことにした。

逆風はこれだけに留まらない。長年住んできた家も手放し、職と家を失うことになってしまったのだ。「みんなに迷惑は掛けたくない」と祖父は口癖のように言い、60を超えても働く意向を示していた。

すぐに転居し再就職も叶うのだが、どうも上手くいかない。年齢は既に60を超えていたこともあり、なかなか定着できる仕事が見つからないし、広島、岐阜、三重、広島… と住まいを転々とした時期もあった。祖母も商店を畳んだ後に祖父と同じ会社に雇ってもらったが、程なくして解雇となった。

また、商店を畳む前後でこの二人の関係に亀裂が入ったのか、関西にある私の家などに長期間身を寄せることもしばしばあった。しかし、母たちの協力によって最終的に関係は修復した。そして、夫婦円満なまま60年を迎えることができた。

独身の私が、この二人から何を学ぶのか?

ここまで見てきた通り、60年の間には色々なことがあったにもかかわらず、二人は現在に至るまで円満な関係を維持している。私は現在独身であるが、いずれ来るであろう結婚生活に向けて何を学ぶことができるのだろうか。私なりに考えてこのお話を終わりとしたい。

まず一つが、「互いを補い合ったこと」であろう。父親と母親として三人の子どもを育てていた時、厳しい祖父に対して祖母は子どもたちに優しく接していた。子育てをする上で二人としては当然の勤めを果たしただけのようにも見えるが、一方にないものをカバーするのは容易ではないように思える。

なぜならば、二人とも厳しいのも二人とも優しいのも子どもたちのためにならない。この二人が自分のやるべきことに徹することで互いを補い合い、三人の子どもたちはまっとうに育ったのだと私は考えている。

子どもたちが独立してからもそうだ。祖父は85歳となる現在に至るまで働き続け、祖母は今でも家のことをテキパキとこなしている。私も一生の伴侶を得た際には相手の苦手や短所を見つけ、それを補うことができるような夫であり父でありたいと思っている。

もう一つは、「多少のことで動じないこと」を挙げたい。先ほども挙げた通りで60年間、二人にはいいこともしんどいこともたくさんあった。それでも、いっときの感情に支配されることなく、夫婦として伴走を続けた二人には尊敬と敬意しかない。

これは私にも言えることで、ちょっとしたことで人に当たったり機嫌を損ねても何も始まらない。誰かと協力しなければならない立場だとなおさらだ。ピンチを乗り越えるためには、協力して相手の意思も尊重しながら乗り越えていけるような人でありたい。

709著

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コメント

コメント一覧 (1件)

  • こちらの作品は、結婚60年の祖父母から学んだ愛についてです。

    著者の祖父母は結婚60周年を迎え、今でも円満な関係を築いています。
    祖父は昭和の雷親父のような人で、先代から引き継いだ商店を一生懸命切り盛りしていました。
    一方祖母は正反対のとても温和で優しい人で、3人の個性的な子どもたちの母親として必死に子育てをしていました。
    祖父の経営する商店は繁盛していた時期もありましたが、時代と共に経営は衰退し家と職を失ってしまいます。
    2人の関係には亀裂が入り、著者の家に長期間滞在することもありました。しかし最終的に関係は修復され、今の円満な関係に至ります。
    著者が2人から学んだのは「互いを補い合うこと」と「多少のことで動じないこと」です。
    祖父母のように長い愛を育むには、相手の短所を補い協力しながら困難を乗り越えることが重要だと感じています。

    60年間苦楽を共にした祖父母の結婚生活から学んだ2つの教訓が紹介された内容です。
    正反対の性格の2人が続けていた「互いを補い合うこと」「多少のことで動じないこと」は、結婚生活だけではなくすべての人間関係においても大切な教訓です。
    どんな困難も冷静に判断する姿勢を崩さず、お互いの理解と協力することが大切だと分かる素晴らしい作品です。

    検収者 kitsuneko22

    (56)kitsuneko22-11

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