失恋の朝

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頭が痛い。

ベッドの上で毛布にくるまれたまま手探りで携帯電話を探す。

朦朧とする意識の中で目に映ったのは14:27の文字。

一体どれくらい眠ったのだろうか。

少しずつ意識がはっきりして行く中で、のどの乾きを覚えたため、仕方なく起き上がることにした。

長いこと眠ったはずなのに、体が重い。

起きあがった瞬間にどっとだるさが襲ってきた。

 

 

机の上にはうっすら見覚えのあるアルコールの空き缶たち。どの缶にも、8%とか9%とか、可愛くない数字が見える。

 

自分がなぜこんな人間の底辺みたいな朝(というかもはや昼過ぎ)を迎えたのか、ようやく少しづつ思い出してきた。

そうだ、失恋だ。

大失恋をしたんだ。

 

半年前から付き合っていた彼氏がいた。

出会いは友達の紹介。

パッとしない顔だったし、特別ハイスペックな何かを持っていた訳では無い。

当時彼氏がいなかった私は、まあ次までの暇つぶし、とかいう最低な理由で付き合った。

「はじめまして、佐野です」

そういって笑った顔に少しは惹かれたのかもしれない。

 

 

佐野くんを好きだと自覚したことは無かったし、佐野くんも私のことを好きかどうかわからなかった。

「付き合う」という承諾の元、ただ毎日一緒にいるだけという関係にも思えた。

キスは、した。

それ以上は進展しなかった。

別にそれ以上求めていたわけでもなかった。

 

ある時、佐野くんが「映画がみたい」と言い出した。

今まで彼氏と映画を見た事はあまり無かった。

佐野くんが見たいと言った映画は、少しマイナーな映画だった。近所の映画館では上映されておらず、わざわざ渋谷まで出なければいけなかった。しかも小さな映画館だった。

出ている女優の名前すら知らなかったし、面白そうとは思えなかったが、佐野くんの隣だし、無理に楽しそうにしたり感想を言ったり、わざわざ出来る女を演じなくていいやという安心感の元、付き合うことにした。

 

衝撃だった。

女優の名前も知らないその映画が、めちゃくちゃ面白かったのだ。

ストーリー展開、ストレートなセリフ、どこを切り取っても綺麗な構図。

こんな映画を今まで知らなかったことに後悔すら覚えた。

佐野くんに「また映画に連れて行って」と言った。

佐野くんは小さく笑いながら「いいよ」と言った。

またある時、佐野くんと待ち合わせをしていると、佐野くんは音楽を聴きながら私を待っていた。

AirPodsを耳に入れてiPhoneの画面に集中している佐野くんが、なぜだか少しおかしくて、声をかけずに近づいた。

画面には、どこかの国の人が頭に派手なターバンを巻いたジャケットがうつっていた。

「わぁ、びっくりした。声かけてよね。」

佐野くんが驚いた。

「なんの曲聞いてるの?」と私。

「そんな有名な曲じゃないよ。」

佐野くんはそう言いながらAirPodsを貸してくれた。

耳に入ってきたのは、聞いたことも無い音楽だった。

でも、心地よくて、ノリが良くて、何度も聞きたくなった。

そういえば私は、サブスクランキングの上位にのるようなアーティストしか聞いたことがなかったのだ。

 

「このアーティスト教えて!」

佐野くんに言うと、彼は笑顔で「あとで共有しておくね」と言った。

それから私は佐野くんがおすすめしてくれる曲たちを「佐野くんのプレイリスト」と、プレイリストにまとめた。

彼がひとつ曲を教えてくれる度に、音楽の世界が広がった。

神保町

ある時彼は「神保町に行きたい」と言った。神保町に何があるのかわからなかったので、「何するの?」と聞いた。

彼は「カレーと古本」と答えた。古本のために行く街なんてあるのか、と驚いたが、ついていくことにした。

彼は古本屋で、ひとつひとつ丁寧に本をとり、表紙を眺めたり中身を見たりしては「へぇ」とか「これかな」とか、ひとりごとを言っていた。

私も少し覗いて見たけど、私には少しレベルが高い趣味だなと思った。

それでも、フル本をひとつずつ眺めて嬉しそうな顔をしている佐野くんが、とても愛おしく思えた。メガネの奥の瞳に、綺麗な光が宿っている気がした。

そして神保町で食べたカレーが、今尼での人生で1番美味しかったことも、よく覚えている。

 

 

そして昨日。

突然佐野くんが別れを切り出してきた。

「他に好きな人が出来た」

ストレートな、佐野くんらしい言葉だった。

何も言えなかった。

「分かった」

とだけ言って、帰ってきてしまった。

 

遊びのつもりだった。次の彼氏ができるまでのつなぎのつもりだった。

佐野くんはいつも野暮ったくて、イケメンとは言えなくて、初めてあったあの渋谷の店にも、初めてデートした新宿の街にも全然馴染めていなかった。

言葉数は少ないし、ブランド物も持たない。友達も知る限りでは多い方ではなかった。

だから、私はいつも佐野くんよりも自分の方が少し上手だと思っていた。

私が佐野くんと付き合ってあげている、とどこかで思っていた。

違ったのだ。

私がどんどん、佐野くんの色にそめられていたのだ。

渋谷の街に馴染まない彼は、誰よりもかっこよかったし、なによりも、豊かだったのだ。

教えてもらった映画も、音楽も、あの町も、あのカレーも、私の世界に住み着いて離れなかった。

離れていったのは、佐野くんだけだった。

佐野くんが、私の世界を広げてくれたのだ。

この半年で、私は佐野くんのことを大好きになっていたのだ。

 

 

キスの数でも、明かした夜の数でもなく、教えてくれた曲の数の多さが、彼との愛のカタチであり、愛の数だったのかもしれない。

 

 

 

なんとか起こしたそのからだで、冷蔵庫を開けた。

もうアルコールはそこを着いている。

冷蔵庫を閉じ、蛇口を捻る。

生ぬるい水を体に流し込みながら、涙がまた溢れてくる。

もう佐野くんは、私の世界にはいない。

佐野くんから来た最後の「ごめんね」のLINEは既読をつけられないままだ。

きっとこれは、一生忘れられない恋なんだと思う。

malrjg578著

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