「ねえ、論文書かなくて平気なの?」
「うん、まぁ、まだ大丈夫だよ。そのうちね」
この会話。もう何回繰り返しただろう。
マナは、自分の彼氏であるコウタの姿をそっと見つめて、ため息をついた。
ここはコウタが一人暮らしをしているワンルームのアパート。
週末である今日、マナは仕事終わりにコウタの部屋に立ち寄ったのである。
コウタはマナに構うこともなく、テレビに映し出されている人気のバラエティ番組をみながら爆笑している。
──本当に大丈夫なんだろうか。
コウタの生返事を聞きながら、マナはそんなコウタの姿を、呆れるやら諦めやらの気持ちでただ見つめるのであった。
大学時代からの友人はダメ男

マナとコウタが出会ったのは大学でのこと。
それぞれ別の大学の建築学科に通っていた二人は、有名建築を見てまわるインカレサークルで知り合ったのである。
“有名建築を巡る“のが趣味。
同い年で、同じ趣味を持っていた二人はすぐに打ち解け、あっという間に仲良くなった。一緒に建築巡りをしたり、互いに一人暮らしの部屋を行き来しては、建築談義を交わしたりするうち、二人は気の置けない親友になったのであった。
何でも話せる間柄となった二人の関係は、いわゆる友達以上、恋人未満という微妙な間柄。
なんとなくコウタのことが気になりつつも、コウタとの関係を崩すのが怖くて、マナは親友というポジションを守り続けていた。
そして時は流れて、大学卒業。
マナはインテリアメーカーへの就職を決めていた。一方のコウタは、就職活動を面倒くさがって早々に放棄しており、大学院に進学した。
コウタは昔からだらしない性格であった。
大学時代から、寝坊して講義をサボったり、提出すべき課題を面倒がって取り組まず、結局そのまま提出せずに単位を落としたりということがよくあった。大学院に進んでからも、その性格は変わらず、授業に真面目に通わないコウタのことを、マナは心配しつつも、親友関係を続けていたのである。
合コンで出会った有名大手企業の男性

マナが社会人として働き始めてから、一年ほど経った頃。
徐々に仕事にも慣れてきて、プライベートに目を配る余裕が出てきたある日、マナは女友達から合コンに誘われた。親しい友達からの誘い。断るわけにもいかず、マナは気乗りしないながらも、参加することにしたのであった。
合コンに参加していた男性陣の中に、ショウヘイはいた。
某大手企業に勤めているという彼は、人あたりのいい笑顔、そして細やかな気遣いができるとあって、合コンの女性陣の注目の的になっていた。
だからこそ、ショウヘイがマナにアプローチをかけてきた時は、マナ自身意外であった。
“二人で飲みにいかないか”とLINEが来た時には目を疑ったものの、マナもショウヘイには好印象を抱いていたので、せっかくならと、その誘いに乗ることにしたのであった。
二人で飲みにいく中で、ショウヘイの人となりを知ることができたマナ。
明るい性格のショウヘイは会話の引き出しが多く、彼との会話は楽しいものだった。意外にも家事が苦手で、部屋の中はぐちゃぐちゃだ、と気まずそうに笑う彼をみていたら、そんな欠点すらマナにとっては可愛いギャップに思えて、さして気にならなかった。
そして、二人で会うこと3回目のこと。ショウヘイからついに告白されたのだ。
“付き合って欲しい“
マナにとっては、なんとなく予想していた告白であった。だってショウヘイがマナに好印象を抱いていたのは、マナにとっても明らかだったから。それが分かっていながらも、ショウヘイと会い続けたのは、他でもないマナである。
マナ自身、ショウヘイからの告白を満更でもない気分で聞いていた。付き合うことだってやぶさかではないはずであった。
それなのに、ショウヘイへ返事を返そうと思った時、マナの心にあったのは、コウタのことだった。
大学院を卒業できるかどうかも怪しいコウタと、安定した職業に付いているショウヘイ。
将来的に結婚を考えたら、どう考えてもショウヘイと付き合うべきだ。多分、女友達に相談したら、みんなショウヘイのことを勧めるだろう。それはわかっている。でも、どうしてもコウタのことが頭から離れないマナ。
揺れ動く気持ちの中、結局ショウヘイからの告白を断ってしまったのであった。
コウタと付き合うことになったマナ。しかし…

──自分の気持ちに素直になろう。
そう決意したマナは、コウタに告白することにした。マナの勇気を出した告白に、コウタは拍子抜けするほどあっさりと承諾した。マナは告白を受け入れてもらえたことに安堵しながらも、あまりにも軽いその承諾に、一抹の不安をおぼえるのであった。
結論から言うと、マナの感じた不安は的中するのであった。
友達としての期間があまりにも長すぎたマナとコウタの関係は、付き合うことになってからも、特に変わることはなかった。
コウタは、マナと付き合い出したことを、恥ずかしがって誰にも言おうとしない。だから、大学時代の二人の友人は、マナとコウタが付き合っていることを知らず、対外的には二人は友人のまま。
外出を嫌がるコウタのことを気遣って、デートは互いの部屋を行き来するだけ。コウタの家で掃除をして、料理をして、いつまでも論文を書こうとしないコウタにヤキモキする、そんな生活。二人の趣味であるはずの建築巡りすら、付き合い出してからは何故か行くことはなくなっていった。
──私、まるでコウタの母親みたいだな。
思い描いていた恋人生活とはかけ離れた状態に、マナはそう思わずにはいられないのであった。
コウタは相変わらずだらしなくて、大学院の論文作成を先延ばしにし続け、結局留年した。留年してなお、焦る様子のないコウタを諦めの境地で見ながらも、マナはこっそりと思うのであった。
ショウヘイをフって、コウタの手を取ったあの時の自分の選択。
他でもない、自分自身が選んだことだ。
それでもマナは考えずにはいられなかった。
あの時の選択は果たして正しかったのか。
あの時ショウヘイを選んでいたら、違う人生が待っていたのではないか、と。
kyouko著









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