ひと夏のアルバイト

学生の夏休みといえば皆様は何を思い浮かべるだろうか。
リアルに充実している方々は朝から海に出かけたり花火大会に浴衣で繰り出したりキャンプをしたり夏フェスに行ったりして新学期に小麦色の肌をテカらせながらのたまうのだ。
「夏も終わりだね」
そんな逆に過労死するのではないかと思われるハードスケジュールをこなすスクールカーストの雲上人たちを尻目に私は学校に内緒でアルバイトに明け暮れていた。
目的は「江戸川乱歩全集」全巻セットを購入する為だ。
長期休み明けの思い出話の花が咲き乱れる新学期を耐え抜くには必須のアイテムである。
私が当時住んでいたっ場所は行楽地なので夏の単発バイトには事欠かないのだがひと夏の思い出を作りたいパーリーピーポーが多いので業務内容より人間関係がつらいバイトが多い。
そのため学校の人間に会う確率が低くなおかつ知り合いに働いている姿を見られたくないので普段あまり縁のない土地でのバイト探しとなる。
業務以外で話す必要がなく若者が少なそうなバイトで探した結果見つけたのが駐車場の交通整理のバイトであった。
これならばいっしょに働く人はおっさんが多く熱中症対策の為、休憩も多いはずだ。
実際,数日は実に快適なバイトライフを過ごすことができた。
ある日休憩室に入るまでは…
なぜここにいる

業務が単純ということもありすっかりバイトになれたある日のことである。
ローテーションで15分の休憩の順番が回ってきた私はクーラーのきいた休憩室でタバコをふかしながらぼんやりしていた。
うだるような暑さから解放され心休まるひと時を過ごしていると唐突にドアが開いた。
入ってきた人物はゴリゴリのギャルである。
この休憩室が施設内の別業務をしている方々と共有なのでだれかと休憩が被ることはままあるのだが今回は事情が違う。
このギャルがたまに授業で顔を合わせる人物だったからだ。
…なぜこんなところにギャルが?
一応、施設内のバイトは一通り見たが時給は低いしあきらかに楽しくはなさそうなバイトしかないはずだ。リア充がやるようなバイトはない。
悪いことは重なるもので私は見た瞬間あっという顔をしてしまったし彼女もまたおや?という顔をした。これは少なくとも顔見知りくらいの間柄ではあるということだ。
こういう時こそ文明の利器,スマートフォンとにらめっこするべきなのだがこういう時に限って充電を忘れており電池は残り僅か。
持ってきていた本は行きがけの読書でクライマックス手前で止めておりここで読むにはもったいない。
何をしたらいいのかそわそわしていると幸いにもギャルはスマホをいじりだしたのでそのままタバコを灰にする作業に熱心な人を演じ,吸いすぎて気持ち悪くなったので業務に戻った。
「あれぇ?5分も早いけどいいの?」
そんなことを言いながら早めに代わってもらえてラッキーという顔をしたおっさんにちょっぴりイラつきつつ神に祈った。
「昼休みは被りませんように」
昼休み

神なんていない。
昼休みになり休憩室のドアを開けた瞬間思った。
悪魔ならいる。
開いてる席はギャルの近くのみだったからだ。
由々しき事態である。
もちろんなけなしのバッテリー残量を使いスマホをいじる,こだわりを捨て読書を勧めるという選択肢もある。
だがそれはむこうがこちらに気付く前にスタートしているということが前提だ。
見ている。ギャルは確実にこちらを見ている。
このまま回れ右をして引き返すか。しかし明らかに向こうが気付いているこの状況でそんなことをすれば感じが悪いし後々,学校で何を言われるか分かったものではない。
ていうか炎天下の中メシを食いたくない。
私は覚悟を決めた。
どうせ気まずい思いをするくらいならいっそこちらか話しかけ会話の主導権を握ってしまえばいい。
相手は同じ日本人だ。言語は通じる。何も取って食われるわけではない。
さてどのように話しかけるべきか。
ちょいーす。などと普段彼女たちが交わしているような軽い感じで行けばいっそのことギャグとして笑ってくれるのではないか。
だが返ってこなかった時はどうする。
地獄のように重たい空気の中ご飯を胃に押し込む拷問のような時間を想像しただけで歩みが止まってしまいそうだ。
無難だ。無難が一番なのだ。ここはひとつどうもと言いながら被っている授業の話でも振りつつ教授のグチの一つでもこぼせば誰も傷つかずなおかつ平和に時間を過ごせるのではないか。
ていうかそもそもそこまで認識されているのだろうか。
もしそこまでは把握しておらず学内で見たことがある程度だった場合、いきなり話しかけられた挙句よくわからない悪口を垂れ流す悪質極まりない人物として認識されるのではないだろうか。
思考は泡のように浮かんでは消えまったくまとまる気配がないまま席はどんどん近づく。
結局,何も話のネタが出てこないまま席に着いた私から出たのは
オツカレサマデス…(小声&震え声)
終わってる…これはなんか陰気なヤツが陰気な挨拶をしてきて気持ち悪かったと彼女のひと夏の思い出にシミを作ったに違いない。
己のふがいなさに辟易しつつ一息も休まらない休憩を過ごすことに諦めの境地に達していたところ
「やっぱ同じ学校だよね~なんか見たことあると思ったんだ」
明るく返すギャル。
…いい人だ。めちゃくちゃいい人だ!
聞けば親御さんがこの施設に勤めているためバイトを探す必要がないからここで務めているとのこと。ウザい上司の話や課題がめんでぃー話などとりとめのない話をしてくるギャル。
思い返すと何も面白い話はなかったのだが私は感動していた。
ギャルはいいひとだ!
私たちの新学期

これをきっかけに明るくなりウェイウェイ幅を利かせるよな人物になったとかギャルと話すようになり恋仲に発展したとか陽気なエピソードは一切ない。
彼女は彼女のグループでキャッキャしており私は隅っこで読書をする。
変わらない日常がそこには待っていた。
唯一違うのは彼女とすれ違う時,あいさつを交わすようになったことだ。
だからどうということはないことかもしれない。
それでも私はそのたびに思う。
いいひとだ!
s597著









コメント
コメント一覧 (2件)
pr
今回の作品は、バイト先で出会った同級生のギャルとのエピソードです。
学生時代の夏休み、学校に内緒でバイトをしていた著者は、あまり縁のない遠い地で若い子がいないバイトをしていました。
しかし、そこで同じ学校に通う一人のギャルとばったり出会ってしまうのです!
内気な著者は同じ空間にいることが気まずくなり、昼休みは被らないようにと願います。
ところが昼休みも出会ってしまい、著者は咄嗟にオドオドした挨拶をしてしまいます。
しかしそんな著者のことを彼女は覚えてくれていて、楽しく明るい話で盛り上げてくれました。
学校で直接交流することはありませんでしたが、その後すれ違うたびに挨拶をしてくれるようになり、いい人だ!と思うようになりました。
ひっそり行っていたバイト先で出会った、正反対の男女の予想外の出会いと交流が描かれています。
全体的に軽快でユーモアあふれる文章で、登場人物たちの個性が際立っています。
読者を楽しい気分にさせてくれる素晴らしい作品です。
検収者 kitsuneko22
⑳kitsuneko22-10