ありきたりな出会い

私は学生時代、年齢=彼女いない歴という状態で過ごしてきました。
学校も工業高校ということもあり、ほとんど女子はいない環境、男兄弟で育ち、しかも内気で、女子とは目を見て話せない程緊張してしまうので、女子からは変な人だと思われていたことでしょう。
そんな私も高校を卒業し、進学はせず就職する事にしました。
地方のど田舎出身の私でしたが、運よく大手IT企業に入社することが出来、東京の中心部で満員電車にもまれながら通勤する、普通のサラリーマンとして働き始めたのでした。
最初は研修ばかりで、同期の高卒仲間と一緒に過ごすことが多く、ここでも女子がいない環境で過ごしてきました。
半年ほど経ち、それぞれ配属先が決まり、私と同期の仲間一人が同じ部署に配属となりました。初めて配属先に連れていかれ、部署のメンバーに紹介されたのですが、部署には5つの課があり、1つの課に10人程おり、全部で50~60人位いる大所帯。そのうち20人位は女性という、今まであまり無かった環境に、少したじろいでしまいました。
その中に、同じ年に入社した短大卒の女性がおり、彼女はとても可愛らしく、心惹かれる存在でありました。2歳ほど年上ではありましたが、そんな風には見えないほど親近感のある雰囲気を醸し出していました。
彼女は文書入力担当で、それぞれの課から依頼された手書きの原稿をパソコンで入力する仕事をしており、私も依頼がてら、赤面しながら勇気を出して話しかけたりしてました。
そうしている内に、次第に打ち溶け合うようになり、仕事が終わった後、一緒に帰るようになりました。もちろんただ一緒に帰るだけではなく、食事に行ったり、飲みに行ったり、遊びに行ったり、気が付いたら付き合っている状態になっていたのでした。
初の遠出

しばらくは手を繋ぐだけのお付き合い。それだけで緊張してました。それでも彼女はいつも笑顔で一緒にいてくれて、いろんな話をしてくれました。
今度の休みの日に2人で日帰りドライブをしようという話になり、車を持っていない私は、友人にお願いして車を貸してもらうことにしました。早速、友人に連絡して事情を説明すると、快く貸してくれたのですが、車は真っ赤なTOYOTAカローラレビン。もちろんマニュアル車です。
この車を知っている人は、年代がばれてしまいますが、当時はとても流行っていた車です。私はマニュアル免許は持っていたものの、運転歴は浅く、長距離は少し心配でした。
でも、彼女とドライブができるので、嬉しさの方が勝ってそんな心配はどこかに行ってしまったのでした。
ドライブ当日は、彼女を最寄りの駅まで迎えに行き、向かう先は「芦の湖」。とても気合が入っていたので運転も順調だったのですが、高速道路でタイヤと道路の摩擦音が、彼女的に車の異常音に聞こえたらしく、「大丈夫なの?」って訊かれた時は、自分でもその時は原因が分からなかったので、少し焦りました。
1日はあっという間に過ぎ、楽しかった初遠出は終わったのでした。
怪しい雲行き

それからは、いつも通りに会社が終わった後、食事に行ったりして、その後は彼女の家の最寄り駅まで送っていく生活が続いていました。私が残業の日以外はそんな感じでした。
会えない日も電話をして、毎日声を聞いていたのですが、なんとなく彼女の雰囲気や声のトーンが変わってきた気がしました。会社で会ってもそっけなく、あまり楽しそうな顔ではなくなってきたのです。
衝撃の一言

何かスッキリしない日々が続き、彼女と出掛ける頻度も少なくなってきて、これは何かやらかしたかな?と思い、いろいろと原因を考えました。付き合って半年が過ぎていましたが、まだ手を繋ぐだけだったし、押しが足りなかったのか。それとも、いつも最寄り駅まで送って行くのが重かったのか。私自身、女性との付き合いも初めてだったので、正直何が原因だったのかよく分からな状態でした。
やっぱり彼女に電話して訊いてみようと思い、その夜、電話をしてみました。
電話に出た彼女は、心なしか暗く感じました。
私:「最近、何か元気なさそうだけど、どうかしたのかな?」
彼女「・・・・」
私:「何か気に障ることがあったの?」
彼女「実は・・・男の人だと思っていたけど・・・男の子になっちゃった・・・。」
私:「!?・・・」
私:「そうか・・・わかった・・・今までありがとう・・・」
と言って電話を切ったのでした。
その後と結末

後日会社に行くと、会っても何も話をしなくなり、しばらくして彼女は配属先異動となり、会うことすら無くなりました。
数ヶ月後、会社の勉強会で偶然同じ講義を受けることがあって、その時ランチを一緒に食べました。それが本当に彼女と会う最後となり、私はその数ヶ月後、会社を辞めました。
今思えば、彼女的にはやはり年下は頼りがいもなく、物足りなさもあったのでしょう。まして、私は今まで彼女もいなかったので、女性の扱いもよく分からず、気も利かないことが多かったと思います。まあ、彼女のお陰でいろいろ勉強させてもらって、今は感謝してます。
それにしても、彼女の最後の一言は、当時の自分にはとても衝撃的で、今でも忘れられません。
ミオ著









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