短い恋のはずが人生のパートナーに!

運命的な出会い

当時私は東京に在住、大手企業でシステムエンジニアとして働いていました。

その会社に高卒で入社した私は、後から入社した学卒よりも下の扱い。同じ高卒で入社した先輩の給与明細を見て、将来に不安を感じ、会社は大きいけど長くは続けられないだろうなと考えていました。

その頃私は海外にとても興味があり、友人と南の島に行ったり、単身でドイツに1週間ほど出かけたりしており、段々海外に住んでみたいと思うようになりました。

どうしたら海外に住むことが出来るのか調べたところ、ワーキングホリデービザというものがある事を知り、いくつか対象の国がある中で、私はカナダに行くことを決めました。

在職中にビザ申請の手続きをして、ビザ発給が確定すると会社を辞め、実家の北海道へ一時帰ることにしました。

この時、会社を辞めたのが11月、カナダへの出発は翌年の2月にしようとに決めたのでした。

それでも、実家へ帰って出発までの間、まだ3ヶ月程あったので、近くの居酒屋で軍資金を少しでも稼ぐためアルバイトをすることにし、面接の予約を入れました。

面接当日、お店に行くと私の他にもう一人面接を受ける人がおり、店長の話を聞きながら研修ビデオを一緒に観ました。まさかこの人が、今後の自分の人生に多大な影響を与える運命の人になるとは思ってもいませんでした。何せ2ヶ月後にはカナダに行くのですから。

告白

アルバイトを開始して1週間、一緒に入った彼女の事が気になりながらも、私はサーバー、彼女はフロアの接客をしていました。話しかけることはほとんどありませんでしたが、とても美人で笑顔も素敵な彼女に私は心惹かれ、何とか付き合いたい気持ちと、もうすぐカナダに行ってしまうので無駄だろうという気持ちの葛藤の中で、思い悩む日々が続きました。

ですが、やはり人生は一度きり、振られてもいいし、短い付き合いになるかもしれないけど、何もせず後悔するよりも、振られた方がスッキリすると思い、告白することにしました。

そして、カナダ出発まで残り1ヶ月となったところで、「俺と付き合ってくれないか」とありきたりな告白。彼女は意外にも「いいよ」と言ってくれたのでした。その時は、本当に嬉しかった事を覚えています。

1ヶ月のお付き合い

早速次の日に初デート、地元周辺の観光地を周りながらいろんな話をしました。

当然、あと1ヶ月でカナダに行くという話もしましたが、「大丈夫、1ヶ月楽しもう」言って、あまり気にしていない様子でした。

デートには彼女の車を使うことが多く、私は助手席に乗るスタイル。運転が好きな様で、車も綺麗に手入れされていて気持ちが良かった。地元の損害保険会社に勤務していた彼女は、最近バイクを購入したらしく、ローンを払うため会社に内緒でアルバイトをしていたそうで、どうりでバイト先の名札が偽名だった訳だ。

彼女の仕事柄、外周りで集金業務等をすることもあり、私の家に寄って一緒に外周りをすることもありました。出発まで1ヶ月しか無かったので、彼女なりに会う時間を作ってくれたんだと思います。とにかく毎日会ってました。泊りで遠くまで出かけたりもしました。本当に楽しい日々を過ごし、あっという間に1ヶ月が経ってしまいました。

出発

そして、ついに出発の日。

前日も一緒に過ごし、長いマフラーのプレゼントも貰いました。

一緒にいるときによく聴いて

いた、鈴木雅之の「恋人」を流しながら、1ヶ月の思い出を語り合い、空港に向かいました。

空港に到着して、搭乗手続きを済ませると、時間まで最後の会話を楽しみました。

私:「1ヶ月、付き合ってくれて本当にありがとう」と言うと

彼女:「1年待ってるから、帰ってきてね」と言ってくれました。

超遠距離恋愛になるし、絶対待ってはくれないだろうと思っていたので、私はとても嬉しくなり、「絶対帰ってくるから」と言って、最後に彼女をギュっと抱きしめました。

この時、頭の中を流れたのは、globe の「DEPARTURES」この曲もよく聴いてました。

そして、出発時間となり、しばらく会えない淋しさと、これから新天地に向かう高揚感が入り交じり、複雑な心境で彼女と別れたのでした。この先予定が狂うことも知らずに・・・。

超遠距離恋愛

カナダでの生活は、自分の人生観や価値観をいい意味で凄く変えてくれました。

バンクーバーから乗り継いでカルガリーに入り、ロッキー山脈の中にある、バンフ、ジャスパーという町で大半は過ごしました。日本との時差は16時間。彼女とは時差を気にしながら、時々国際電話で話をしましたが、通話もお金がかかるので長くは話せず、手紙が多くなりました。

この時流れるのは、平尾昌晃・畑中葉子の「カナダからの手紙」・・・もういいですね。

手紙も届くまで2週間かかるので、なかなかリアルタイムの話は難しいですが、写真を付けたり、プレゼントを付けたり、それはそれで楽しい遠距離恋愛ではありました。

ただ、ホワイトデーの時にうっかりしていて、お菓子を送るのが遅くなり、とても怒られました・・・。3月14日には間に合わず、20日頃着いたのだと思いますが、彼女は食べずに家族が全部食べたとの事。相当怒ってましたね。

カナダでの話は長くなってしまいますので割愛しますが、とても楽しい日々を過ごし、あっという間に1年が過ぎて行きました。

帰国。そして別れ。

そして1年が経ち、約束通り帰国することにしました。

久しぶりの日本はとても新鮮で、日本という国を外から見ることで、欧米と日本の違いをいろいろな面で感じる事が出来ました。すっかりカナダに魅了されつつ帰国したのが悪かったのでしょう。

1年ぶりに地元に帰り、空港には彼女が迎えに来てくれていました。

彼女は嬉しそうに迎えてくれて、私も久しぶりの再会でとても嬉しかったです。でも、心の中は彼女の事よりもカナダでの生活の方が勝っていて、どうしても彼女との将来を描くことが出来ませんでした。

帰国して暫くは、カナダでの土産話をしながら、彼女と楽しい日々を過ごしていましたが、実は、カナダで働いていたところから就労ビザを出してもらっていて、カナダに戻る気満々でした。そして、正直に今の気持ちを彼女に伝えて、またカナダに戻る話をしました。

もちろん彼女は、「えっ?!」という反応。でも最後には「わかった。やりたい事はやった方がいい」そして、「もう待てないから、別れましょう」と。

これで、遠距離1年、リアル2ヶ月という長くて短い恋愛話は終焉を・・・と思いきや、まだ続きがあるのでした。

突然の復縁

彼女と別れた後、私はまたカナダに戻り、カナダ生活を満喫していました。自然の中に身を置き、綺麗な空気と広大な土地と人々の温かさに触れ、益々ここに居たいと思うようになり、移民することを考え始めるのでした。ただ、ここに彼女がいればもっといいのになと思いながら、まだ彼女の事を考えている自分がいました。

そして、また1年ほど過ぎた冬のある日、彼女から突然国際電話が来ました。驚きと同時にどうしたんだろうと思い話を聞くと、私に借りていた物があったので返したいと。

それは口実だったと思うのですが、実は彼女も私と別れてからいろいろあり、別の人とお付き合いして、結婚の話までいったそうです。そして、あろうことか結婚式の途中で会場から逃げ出したのだと・・・。当然両親は激怒、両家の親戚一同は何があったのかもよく分からず、新郎は自宅の改装までして、新しい生活のための準備もしていたのにも関わらず新婦に逃げられ、何とも言えない虚無感に襲われたのではないかと思うと、想像するだけで正に修羅場。多くの人がドラマのような展開に唖然としたのではないでしょうか。

彼女もまた、私の事がまだ気になっていて、急に「やはり結婚は出来ない!」と思ったようです。しばらくは騒動が収まるまで大人しくしていたようですが、少し心も落ち着いてきたので、私に連絡してきたのでした。

それを聞いて私は、「カナダに来る?」と声をかけると、彼女は「行く!」と即答でした。

そして彼女は会社を辞め、バイクを売って旅費を作り、その年の4月にカナダへくることになったのです。

彼女との生活inカナダ

いよいよ彼女がカナダにやってくる日が近付き、私はそれまで住んでいた会社の寮を出て、自分でアパートを借り、家財道具もある程度揃えて準備をしていました。

そして到着当日、カルガリー空港に迎えに行きました。海外旅行なんて一度もしたことがない彼女。一人で無事にたどり着けるのか心配しましたが、到着ロビーで待っていると、ひときわ鮮やかな、真っ赤なコートを着た彼女が出て来ました。すぐに彼女と分かり、駆け寄ってハグをしました。リアルではあまり会っていないけど、ずっと前から一緒にいるような気がして、やっぱり彼女がいいと改めて思ったのでした。ここにいれば、きっと彼女もここを好きになってくれて、このままカナダで暮らせたらと考え始めたのでした。

カナダはこれからがいい季節。雪が溶け始めてから、彼女と一緒にいい景色を見にいったり、日本ではなかなか出来ないような経験を沢山してもらおうと、いろんなところに連れていき、お隣のアメリカ旅行もしてきました。恐らくこの時が人生を一番謳歌していた頃だと思います。2人ともとても幸せでした。

運命の選択

ずっとこのままの生活をしていたいと思ったのも束の間、半年が過ぎ、これから冬が始まるというころ、彼女が「やはり日本に帰りたい」といい出しました。

私は、カナダの良さを一生懸命伝えたはずだったのに、「何で?」と思いました。

理由を訊くと、「英語が話せないし、友達もいないし、働けるわけでもない。とてもいいところだけど、ここで生活していく自信がない」という事でした。確かに私はここに来る前に十分な準備をし、来たくて来ている身ですが、彼女は違う。突然何の準備もなく、初めての外国に来ているわけだし、気持ちは分からなくもなかった。

ただ、私はカナダでの生活基盤も出来ており、勤め先からも翌年の就労ビザを出してもらえることになっていました。あと2年も働けば、カナダ永住権取得に近付ける状態でしたので、今辞めるのは、移住を諦めることに等しかったのです。

でも、彼女とは離れたくない・・・。

彼女が帰るなら、私も帰らねば・・・。

とても悩みました。人生の今後を左右する大きな選択肢に来ていたのです。

「カナダ」を取るか、「彼女」を取るか、私には究極の選択でした。

1ヶ月は悩みましたが、結局、私は「彼女」を取ることに決めました。

仕事先には慰留されましたが、辞めて日本に帰ることを告げ、身の回りの整理をし、日本に送れるものは送り、その年の10月に、二人で一緒に日本へ帰ったのでした。

帰国後と結末

帰国を決めた時、彼女はとても喜んでくれました。でもその反面、私にカナダを諦めさせたことに、少なからず罪悪感を持っていたようです。

帰国後の私は、しばらく何もする気が起きませんでしたが、いつまでもそうしているわけにも行かず、飲食店で独立するべく、修行を始めたのでした。

帰国した年のクリスマスに籍を入れ、記念写真だけの結婚式をして、親戚には手紙で報告という質素な物でしたが、お互いそれでよかったです。

会ってから初めて日本の「夏」を一緒に過ごし、2人の子供にも恵まれ、6年の修行の末、自分の店を持ち、お陰様で店は繁盛し、14年経った今も続いています。

最初は短い出会いで終わると思っていたら、気が付くと25年の月日が流れていて、お互いに生涯のパートナーとして現在に至ります。

将来、子供達が離れた後、2人でカナダ旅行をしようと話しています。

ミオ著

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