あの時こうしていれば : ライブハウスから始まった!

久しぶりに河川敷までやってきた。

野球少年たちの後ろを歩く、団体の家族。

すれ違ったあと、何気なく振り返った。

遠ざかる人の中に、君の横顔を見つけた。

むかし見たあの笑顔は、他の人のものになっていた。

目次

促す彼女と促される私

イチカと出会ったのは、冬のライブハウスだった。

私はいつものカウンターで、1人アルコールを飲んでいた。

 

そこで流れた一曲に心を打たれ、私は珍しく拍手した。

失恋したばかりの私を唄っている、そう感じさせる曲だった。

静かに目を瞑り、余韻を噛みしめていた。

 

「このバンド、お好きなんですか?」

 

拍手が鳴りやんだあと、伺うように声をかけられた。

振り向くと、女性がハンカチを片手に目を腫らしていた。

どうやら泣いていたらしい。

 

「いえ、初めての曲だったんですが、そうですね、まあ、いろいろと」

とつぜんのことで、歯切れ悪く応えた。

 

「そうですか。私も初めてで。泣いちゃいました」

笑って誤魔化す彼女だったが、目にはまだ涙が溜まっていた。

 

そうか、泣けばいいのか・・・

 

クラブハウスのカウンター。

大のおとなが、2人そろって笑い転げ、そして泣いていた。

流れる彼女と流される私

イチカには変わった性格があった。

衣類はすべて同じものを7着用意。

髪型は肩までの黒髪。

朝は必ず炊き立てご飯。

猫より先にコタツから出ない。

スポーツは点が入るまでチャンネルを変えない。

 

これだけでも、ほんの一部。

自分で決めたルールは絶対に曲げない、頑固な性格。

そして思い立ったが吉日で、その場で自分基準の判断をする。

 

対して私は、人に流される人生を歩んできた。

親に言われた高校へ行き、大学では紹介された会社に就職した。

流行り物には飛びついて、好きでもない物を集める。

押しに弱く断れない。

そして優柔不断で決められない。

 

最初は、融通の利かない彼女に、戸惑いがあった。

しかし、人に流される性格のお陰もあって、ストレスはなかった。

それどころか、自分の思ってもみない方向に進むのは、むしろ楽しかった。

 

ある日、彼女はピクニックに行こうと言い出した。

「今の映ってるテレビの特集に犬が出たら、明日ピクニックへ行こうよ」

 

翌日、暖かい日差しの中にシートを広げ、2人でサンドイッチを食べた。

小さな野球少年が、大きなグラブを抱えてボールを追いかけていた。

 

「いつかまた一緒に、あれくらいの子供と来たいね」

 

あまり将来を語りたがらない彼女が、野球少年を見ながら話した。

 

「そうだね。いつかまた、来れるといいね」

 

春風が吹いて、砂埃が大きく舞った。

野球少年の帽子が飛ばされて転がっていく。

 

「そろそろ帰ろうか」

こんな穏やかな日が、ずっと続けばいいのに。

それほど気持ちの良い1日だった。

変わる彼女と変わらない私

あの日、私はクリスマスのプレゼントとして、マフラーを渡した。

イチカは「せっかくだから」と言って、2人で外へ出かけた。

 

場所は、春にピクニックをした河川敷だ。

野球少年はいない夜の時間だった。

 

「ちょうど出会って1年だね」

 

ライブハウスで出会った日から1年が経った。

イチカはポケットからイヤフォンを取り出した。

「せっかくだから聴こうよ」

 

片方ずつ分けたイヤフォンで、ゆっくりと曲を聴いた。

 

「今こうして聴くと、なんで泣いてたんだろうね」

イチカは無理に笑って、イヤフォンを外した。

 

私は立ち上がって、空を見上げたあと振り返った。

「もう、忘れられたのかもしれないね」

 

彼女はまた、無理に表情を作って、ぎこちなく笑った。

 

最近イチカが、髪型を変えたことが、私は気がかりだった。

その時、彼女が私以外の何かを見ていたのは、分かっていた。

分かっていたのに、気付かないフリをしていた。

 

その1か月後、彼女は私の前から姿を消した。

会社から帰宅すると、彼女の私物がすべて、部屋からなくなっていた。

 

部屋のライトをつけたタイミングで、携帯のメッセージが鳴った。

「ありがとう。バイバイ」

たった一言だけが、イチカらしい。

 

窓を開けると、緩やかな風が入ってきた。

ここで電話の1つでもしたら、何か変わるだろうか?

 

いや、やめておこう。

 

私は、静かに、窓を閉じた。

動く彼女と動けない私

結局、私はイチカと出会っても、何も変えることができなかった。

彼女といれば、優柔不断な性格が変わると思っていた。

彼女が私を変えてくれる、そう思っていた。

 

しかし、変わるんじゃなく、変えなくちゃいけなかった。

 

「いつかまた一緒に、あれくらいの子供と来たいね」

 

あの日、ピクニックで彼女が言った言葉。

私の返事が「結婚しよう」だったら、今こうしていただろうか。

 

彼女がいなくなった日、すぐに電話を架けていれば。

彼女の髪型の変化に声をかけていれば。

 

ふと思い立って、あの日の河川敷に向かってみた。

暖かい季節の中で、野球少年たちがボールを追いかけている。

 

ゆっくり眺とめながら歩く河川敷。

滅入っていた気持ちが明るくなる。

 

前を見ると、試合が終わったばかりの野球少年たちが歩いてきた。

その野球少年のあとを歩く、家族や親たち。

 

すれ違いざま、何気なく振り返った。

その団体の中に、君の横顔を見つけた。

むかし見たあの笑顔は、他の人のものになっていた。

 

君の横の人は、とても優しそうな人だった。

その人を見つめる君は、とても素敵な笑顔をしていた。

 

君のことは忘れたつもりでいたのに。

前を歩く君を見て、涙が出そうになった。

 

nL223Sdij著

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この記事を書いた人

コメント

コメント一覧 (2件)

  • ny8545さん

    5記事目の投稿をして頂きまして有難う御座います。

    それでは検収をさせて頂きます。

    今回の作品は、ライブハウスで出会った男女がそれぞれの思いを旨に付き会う様になって行きます。

    そんな男女ではありますが、それぞれ求める価値観とそこからくる喜びの違いは如何ともしようがない事でしょうか!

    ただ流されて過ごして行く男性と、強く求めて意欲的に生きる女性が流れる映像を通して魅力的に写し出されています。

    作品に対する雰囲気づくりが巧みで欧米の作家に似たあっさりした表現は、これからも進化して魅力的になっていかれると感じられます。

    最後に男性の寂しさを、されげなく優しく表現して終わるところも良い雰囲気で締めくくっていだきました。

    有難う御座います。

    それでは今回の検収はこれにて完了と致します。

    次回の投稿記事も楽しみにお待ち致します。

    井上保夫

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