彼との出会いは美術大学での、デッサンの授業でだった。

彼の顔立ちはまるで彫刻のようだった。
堀が深くて、鼻が高い。私はハーフのような顔立ちの彼がお気に入りだった。
デッサンの授業のたび、彼の隣の場所に座った。
目の前の石膏像より、彼を描きたい!!
そう思って、勇気を出して頼み込んだ。
「あなたをデッサンさせてください!」
彼はキョトンとした顔を見せたが、すぐ笑顔になり、
僕なんかで良ければどうぞ、
と言ってくれた。
私は彼と時間を合わせ、デッサン室で彼を描かせてもらうようになった。
二重で大きな瞳、長いまつ毛、程よい厚みの唇、本当に整った顔立ちだった。
彼の横顔、正面、伏し目がちな角度、それと、笑った表情、悩ましい表情。いろんな顔をしてもらい、キャンバスに描き写した。
恥ずかしい、と照れる表情も逃さない。
「私、あなたが好きだなぁ」
私は無意識にそんなことを口にした。
彼のことが、というより、彼の顔が、という意味のつもりだった。
「僕も君が好き」
と彼は言った。
私は頬がカッと熱くなった。
そういう意味じゃないよ、と言おうとして、顔を上げると、彼の真剣な眼差しがあった。
私は彼の瞳に吸い込まれる感じがして、あっという間に心を奪われてしまった。
私は、ありがと、と言ってキャンバスに向かい、ひたすら鉛筆を走らせた。

それから、私たちは恋人になった。

もちろん、私は彼を描き続けた。
今まで見ることが出来なかった寝顔や素の表情。
私しか知らない顔だ、そう思うとなんだかドキドキして嬉しくなった。
それに、デッサンだけじゃない。
2人で美術館に行ったり、画材を買いに行ったり。
こんな作品を作りたい、なんて話もした。
課題制作が辛いときも、励ましてくれたし、相談も乗ってくれた。
彼が描かれたスケッチは思い出とともに増えていった。
彼との大学生活はとっても楽しかった。
私は卒業後も彼と一緒にいられると思ってた。
「他に好きな人が出来たんだ」
いつものデッサン室で、彼は申し訳なさそうに言った。
そっか。そうなんだ。それじゃあ、仕方ないね。
私はそう言った、気がする。
気がするというのは、その時のことをあまり覚えてないから。
動揺して、削ったばかりの鉛筆が折れたのは覚えている。
「ずいぶんあっさりしてるんだね」
「人の気持ちはコントロールできないからね」
そう言うと、彼は納得したような顔をした。
あ、その表情も描きたかったな。
それじゃ、元気で。

彼はそう言って部屋から出ていった。
私は部屋に残ってしばらく絵を描き続けた。
彼のことを考えないように。
彼を頭から締め出すために。

考えないようにすればするほど、楽しかった思い出が蘇る。
でも、不思議と涙は出なかった。
ただ、心にぽっかり穴が空いてしまったようだ。
この空白も鉛筆で塗りつぶせればいいのに。
私は本当に彼のことが好きだったのかなぁ。
そんな疑問が浮かぶ。
確かに彼のことは好きだった。
でもそれは、外見だけだったのかも。
確かに彼のいろんな顔を知った。
でも、彼の本当の気持ちは知らなかったかも。
彼のことをたくさん描いて、彼を全て知った気になっていたけど、
彼のこと、何も知らなかったかも。
私、彼のどこが好きだったんだっけなぁ。
ああ、今日はもう帰って寝てしまおう。
寝てしまえば、今日の出来事がなかったことにならないかな、
そう思いながら、デッサン室を後にした。
大学生活で、彼のことをたくさん描いた。
スケッチブックを見返していると彼がたくさんいた。
これは、私の冗談に笑ってる彼。
これは、映画を観て感動して泣いてる彼。
これは、あの時の彼。
こっちは、あの日の彼。
全部覚えてる。
好きじゃなかったらこんなに描けないよなぁ。
やっぱり好きだったんだ、彼のこと。
もう会えない、と思うと悲しくなってきた。
涙が溢れてきてこぼれ、スケッチブックに落ちた。

スケッチブックに描かれた彼が思い出とともに滲んでいく。
君に会えなくなっても君が描ける。
何も見なくても君が描ける。
きっと目が見えなくなっても君が描けると思う。
身体に君が染み付いてる。
頭で君を忘れようとしても、右手が君を忘れない。忘れさせてくれない。
ほらまた、無意識に君の澄んだ瞳を描こうとしてる。
それをビリビリに破いて紙吹雪にした。
ビリビリになって舞っている様子がなんだかすっごく美しくて。
失恋した私の心みたいだ。
窓には桜が舞っていた。

彼と出会ったのもこんな日だったな。
大好きだったな。会いたいなぁ。
なんて、もう遅いか。
shiroki著









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